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2022.09.13

気候変動問題を解決する藻類育種技術の実証実験を開始
中性子線照射による遺伝子変異導入で世界初となる有用藻類育種技術の確立をめざす

日本電信電話株式会社
株式会社ユーグレナ

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田明、以下「NTT」)と株式会社ユーグレナ(本社:東京都港区、代表取締役社長:出雲充、以下「ユーグレナ社」)は、中性子線*1を活用し、温室効果ガス削減やエネルギー資源創出などの気候変動に係る課題解決を目的とする藻類育種技術の実証実験を開始しました。
 本実証実験にて検証する技術は、藻類が有するCO2(二酸化炭素)吸収・固定能力やバイオ燃料の原料となる油脂生産能力などの有用な形質*2を中性子線照射による遺伝子変異*3導入によって高める技術です。中性子線は、他の放射線に比べて極めて透過性が高く、藻類のように溶液中での培養が必要な生物にも不規則且つ効果的にエネルギーを加えることが可能です。熱中性子と高エネルギー中性子を適切に選択して照射することにより様々な遺伝子変異導入ができるようになると、活用目的に合わせ有用性を高めた藻類を育種・生産することが可能になります。これにより、温室効果ガス削減やエネルギー資源生産だけでなく、食料資源や農林水産飼料の創出など、気候変動に係る様々な課題を解決する技術となることが期待されています(図1)。
画像21.背景
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(2021年)(https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/index.html)によると、「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」とされており、人間活動により排出されるCO2などの温室効果ガスの削減が急務になっています。藻類は、光合成によって水中に溶け込んだCO2を吸収・固定しながら有機物を生成し、増殖します。そのため、藻類細胞そのものや藻類によって作られる有機物は、CO2削減に貢献すると同時に、エネルギー資源や食料資源としても活用でき、有用な形質をもつ藻類育種は気候変動に係る様々な課題を解決する手段の一つとして注目されています。
 これまでに、γ線やX線などの電磁波や電荷を持つ重粒子線*4を用いて、藻類の遺伝子変異を促す育種方法の検討がなされています。これらの育種方法では、高エネルギーの電磁波や重粒子線を照射することにより遺伝子配列に何らかの変異を誘発し、変異を持つ細胞集団の中から所望の形質の細胞を選抜します。しかし、電磁波や重粒子線は物質中の透過性が低いため、培養液中で生育する藻類に照射しようとしても、培養液表面の一部の細胞にのみに照射され、培養液中の他の多くの細胞には効果が及ばない点が課題となっていました(図2)。
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2.技術の特徴と実証内容
 本実証試験では、電荷を持たず物質を透過する能力が高い中性子線を利用することにより、培養液中に存在する藻類細胞全てに不規則に照射することで、様々な形質変化と効率的な遺伝子変異誘発が可能な育種方法の確立をめざします。中性子線を用いた先行研究により、藻類の遺伝子変異誘発のフィジビリティが確認されていますが、変異を誘発する際の前提条件や照射後の優良株の選抜を含めた育種技術としての確立には至っていないため、育種目的に応じた最適な照射条件の明確化や育種に至るまでのプロセスの最適化を試みます。
 中性子線照射では、高速に移動する高エネルギー中性子を主成分として照射することも可能ですが、より低速の熱中性子として照射することも可能です(図3)。NTTが実施したシミュレーション結果では、藻類の遺伝子変異を誘発する吸収線量*5へ寄与する粒子の種類が、熱中性子と高エネルギー中性子によって異なることが予測されています(図4)。熱中性子線が培養液中の藻類に照射された際、熱中性子と水分子が反応して生成された電子が主体的に影響を与えます。これに対して、高エネルギー中性子が照射された際は、高エネルギー中性子と水分子が反応して生成された陽子が主体的に影響を与えます。培養液中での影響の与え方が異なる熱中性子と高エネルギー中性子の2種類を用い、藻類の遺伝子変異に及ぼす影響の違いを検証します。
 NTTは、宇宙線*6が大気中の酸素や窒素に衝突して発生する中性子線が地上で使われる通信装置内の半導体にソフトエラー*7を引き起こすことを実証し、その評価方法や対策技術を記載したITU-T*8勧告の策定に貢献してきました。現在は宇宙空間で人体や電子機器が宇宙線の影響を受けないようにするための技術に関する研究をしています。その過程で蓄積した、中性子線照射に関するノウハウを藻類細胞への中性子線照射に適用し、その影響の定量的評価をNTTが担当します。ユーグレナ社は、バイオ燃料の原料に利用可能な油脂や機能性物質パラミロン*9などの生産に適した細胞を評価する技術を活用して、中性子線照射後の細胞集団から有用な形質を示す細胞の単離や特徴づけを担当します。これらの検証を通して、所望の形質変化に適した、藻類の培養条件、中性子線照射条件、育種選抜プロセスの最適化を実現し、様々な目的に適した形質を持ち、且つ安全性の高い藻類の育種技術の確立をめざします。
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3.今後の展望
 今後NTTとユーグレナ社は、数種の藻類を対象にして、藻類の増殖速度、CO2吸収・固定能力、バイオ燃料の原料として有用な油脂生産性などを指標にして藻類育種技術の実証試験を重ね、実用化をめざします。また、様々な目的に適した有用株を効果的に選抜する手法についても検討します。将来的には、藻類にかかわらず、気候変動課題の解決に有用な微生物などを対象とすることも含め、その能力を最大限に引き出すことができる汎用性の高い育種技術へと発展させていきます。

<用語解説>
*1 中性子線:中性子は、原子核を構成している粒子です。原子核が核分裂したりするとき、原子核の外へ運動エネルギーを持ちながら中性子が飛び出します。これが、一方向に運動をしている中性子を中性子線と呼びます。
*2 形質:生物のもつ性質や特徴のことを呼びます。
*3 遺伝子変異:遺伝子を構成するDNAの塩基配列が本来の配列と変化することをさします。遺伝子変異の結果、遺伝子から作られるタンパク質の機能が改変されます。
*4 重粒子線:質量が重い粒子線のことをさします。ヘリウム、炭素、ネオン、アルゴンなどの粒子線が該当します。
*5 吸収線量:放射線照射によって物質が吸収するエネルギーのことであり、ここでは、細胞が受ける放射線の影響の尺度を示します。
*6 宇宙線:宇宙空間を飛び交う高エネルギー放射線のことで、陽子が主成分で、他にもα粒子、リチウム、ベリリウムなどの原子核も含まれています。宇宙線は宇宙空間では、電子機器や人体へも影響を及ぼします。地上では、宇宙線が地球の大気と反応して発生した中性子によって、電子機器が稀に誤動作を起こす可能性があります。
*7 ソフトエラー:永久的にデバイスが故障してしまうハードエラーとは異なり、デバイスの再起動やデータの上書きによって回復する一時的な故障をさします。
*8 ITU-T:International Telecommunication Union-Telecommunication sector(国際電気通信連合、電気通信標準化部門)
*9 パラミロン:ユーグレナ属が細胞内貯蔵物質として生成する多糖類であり、食物繊維の一種です。免疫機能への影響など、従来の食物繊維とは異なるヘルスケアにおける新たな機能を持つことが近年の研究成果で分かってきています。

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―報道関係者お問い合わせ先―
日本電信電話株式会社 情報ネットワーク総合研究所 広報担当
株式会社ユーグレナ コーポレートコミュニケーション課

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