世界で初めてミドリムシの食用屋外大量培養にユーグレナ社が成功してから早十数年。
その成功を支えた研究者であり創業メンバーの一人である鈴木が、研究や事業活動から考えるサイエンスやビジネスについて記載します。
ミドリムシが通ってきた道
改めて自己紹介をしておくと、私はミドリムシの研究を大学生の時に始め、大学院に在籍中に株式会社ユーグレナの設立や、ミドリムシの大量培養に携わり、現在に至るまでミドリムシに関わる基礎的な研究から商品・サービスに関わる研究開発業務を継続してきました。
そのなかでミドリムシの大量培養の延長線で、ある部分で世の中が変わりつつあると実感しています。それは、生活の中でミドリムシが食品として売られ、ミドリムシの化粧品を家族が使っていたり、試験中ではありますが、ミドリムシ由来の燃料を搭載したバスが動いていたりすることで認識することができます。
私が研究を始めたころ、ほとんどの人はミドリムシのことを知りませんでした。また知っていても、顕微鏡でみることができる鞭毛で動き回る動物のような性質と光合成などの植物のような性質がある変わった生き物だと認識されていたのみでした。
ミドリムシの魅力を話し始めるとキリがないのですが(それはまた別の機会でお伝えします)、当初はそういった変わった生き物という認識しかなかったミドリムシが、今は日本を中心に、食品や化粧品として、人のライフスタイル取り入れられています。また、ミドリムシが世の中を変える可能性があることも認識され、人の意識までもが変わっています。
私も当初、ミドリムシは体にも環境にも良いものなので作れば売れる!と思っていたのですが、実際はそんなに簡単ではありませんでした。ミドリムシを大量培養することは、単なる発明で、それだけではイノベーションを実現するには至らなかったのです。ミドリムシを大量培養して、たくさん収穫できるということは、単にミドリムシがたくさん詰まった段ボール箱を目の間に積み上げることができるということと同じことでした。
ミドリムシをたくさん作っただけでは世の中は変えられず、ミドリムシを必要とする人がいて、その人たちにそのミドリムシそのものが届けられたり、ミドリムシを用いたサービスが提供されないと、みなさんが生活において利用することはできないのです。ミドリムシの大量培養という発明を成功させた後、実際にみなさんにミドリムシを使っていただくようになるまでには、いくつもの壁を乗り越える必要がありました。
イノベーションとインベンション
なお、最近、世の中をよりよくするための文脈で「イノベーション」という言葉が注目されています。しかし、イノベーションとは具体的にどのような状態を意味し、どのようなプロセスで実現していくのかということは自明ではないと感じています。
「イノベーション(innovation)」という言葉は、日本語では技術革新などと訳されますが、この言葉の意味を正しくとらえるには「インベンション(invention)」との意味の違いを認識する必要があると考えます。
「インベンション」を新しい技術を発明、発見すること、「イノベーション」を新しい技術で世の中を変革すること、という定義でしょうか。当社の創業以来の歩みを思い起こしますと、この「イノベーション」が常にポイントになってきたように思います。
ちなみに研究者で、世の中を変えるような技術を発明したいと考える人は多いと思います。しかし、技術の発明にとどまっていたらイノベーションは生まれません。例えばエンジンを発明してもそれだけでは世の中は変えられず、エンジンを搭載する乗り物や動力を活用する機械に組み込まれて初めて世の中を変えることにつながります。研究者がいいものを発明、発見したいと考えること自体はとても素晴らしい事ですが、多くの研究者がそれで満足してしまっているように思います。
チームで世の中を変える
イノベーションを進化させた形として「オープンイノベーション」が今企業間では盛んかと思います。なお、「オープンイノベーション」は、ハーバード大学のヘンリー・チェスブロー先生によって提唱された概念で、チーム内のイノベーションをチーム外のパートナーと一緒に展開するイノベーションとされています。
ミドリムシの大量培養を実現した2005年以来の当社の歩みは、「イノベーション」のパートナーを探すプロセスだったといっても過言ではありません。
ミドリムシが食品としてどのようにいいのか、安全なものと言えるかということについては、恩師の一人である、大阪府立大学の中野先生と研究や実証を続けてきました。また、食品としての流通については総合商社、大手のコンビニエンスストアと検討や販売しながら、世の中とのコミュニケーションを継続してきました。最近では、ジェット機に搭載するバイオ燃料を作るということについて、いろいろな技術を持った会社や、地方自治体、ユーザー候補など多くのパートナーによってプロジェクト(「GREEN OIL JAPAN」)が進行しつつあって、これも「オープンイノベーション」の一つの形と言えると考えています。
「オープンイノベーション」の魅力は、それぞれの技術が明確になっていると、役割分担をもとに計画的にイノベーションを起こすためのチームビルディングができるということです。
たくさんのパートナーがそれぞれの強みを活かし、一緒にチームビルディングしていただくことで、当社はイノベーションやミドリムシで世の中を変えることに取り組むことができているのです。
オープンイノベーションを支えるもの
このようなオープンイノベーションの軸になったものは、よく考えると単なる技術ではなくて、「ミドリムシで世の中を変えたい」という想いだったのかもしれません。
当時、当社の経営のメンバーは20代を中心とした人たちで構成されていましたし、技術力そのものは大手企業や有名大学の研究チームに劣っていて、さまざまな経験値も足りませんでした。ただ、バングラデシュをはじめ、「世界中にある栄養問題を改善したい」「地球温暖化の抜本的解決に対する可能性を見出したい」という想いは人一倍強いチームでした。
そのような私たちの強い想いがパートナーに伝わり、オープンイノベーションにつながったのではないかと考えています。そして、その想いは今も冷めず次のイノベーションのための源泉になっています。
株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当
鈴木 健吾(すずき けんご)
東京大学農学部生物システム工学専修卒、2005年8月株式会社ユーグレナ創業、取締役研究開発部長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ミドリムシ(学名:ユーグレナ)の食用屋外大量培養に成功。2016年東京大学大学院 農学博士学位取得。微細藻類ミドリムシの利活用およびその他藻類に関する研究に携わるかたわら、ミドリムシ由来のバイオ燃料製造開発に向けた研究に挑む。
東京都ベンチャー技術大賞受賞(2010年)、共著に『微細藻類の大量生産・事業化に向けた培養技術』(株式会社情報機構)。