外国人としては最年少となる28歳でミシュラン一つ星を獲得するなど、フレンチシェフとして華々しい経歴をもつ松嶋啓介さん。自らオーナーを務めるレストランで「自然との調和」「地産地消」などをコンセプトに料理を提供されているほか、食を通した社会課題の解決にも取り組まれています。

今回は松嶋さんに、「食」を通じて自然環境や現代社会とどのように向き合っているのか、おうかがいしました。

「うま味(UMAMI)」が人間にもたらしてくれるもの

—松嶋さんは“第5の味覚”としての「うま味(UMAMI)」の普及に努められてています。その理由を、おうかがいできますか。

松嶋啓介さん(以下、松嶋):今、とにかく社会全体が忙しくなり過ぎていますよね。何でもかんでも「時短で手軽に済ませよう」という流れができてしまっているじゃないですか。そんな社会の中で、人が口にする料理の味付けはどんどん濃くなっています。

現代を生きる人たちは忙しいから、濃い味の料理でお腹を満たします。しかし料理のおいしさを塩や砂糖などに頼ると、だんだん脳が強い“刺激”に慣れていきます。結果としてそれは、高血圧症や糖尿病などの生活習慣病をもたらすことになってしまう。
そう考えると、「うま味」が人間にとって非常に重要な味であることがわかると思います。

松嶋 啓介 Keisuke Matsushima (料理人/フランス料理店「KEISUKE MATSUSHIMA」オーナーシェフ)
1977年、福岡県生まれ。高校卒業後に「エコール 辻 東京」で学び、20歳で渡仏。フランス各地で修業を重ね、2002年に25歳でニースにフレンチレストラン「Kei’s Passion」をオープン。06年には、外国人としては史上最年少の28歳でミシュランの一つ星を獲得。同年、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改定。09年6月に東京に出店。2010年、日本人シェフとして初かつ最年少でフランス芸術文化勲章Chevalierを、2016年には農事功労賞Chevalierを受勲。 日本発祥の「うま味(UMAMI)」を世界に広げるプロジェクトをはじめとして、食による社会課題の解決に取り組んでいる。

—具体的にいうと、どのような点が重要なのでしょうか?

松嶋:天然のうま味を生かした料理なら、塩や砂糖、化学調味料の使用量を減らすことができます。すなわち、健康面で大きなメリットがあるということですね。
また、うま味を中心にした料理を食べると、自律神経が抑制され、気持ちがリラックスする効果もあります。早く手軽にできるものばかりではなく、穏やかで落ち着きのある食事にも、もっと光を当てるべきだと思っています。

僕の店舗があるフランスのニースという街では、自然のうま味を活かした味付けの料理が多いんですよ。自分自身がニースで暮らした経験から得たもの、向こうの環境からインスパイアされたことを、日本の人たちにもっと伝えたいんですよね。

「塩なしカレー」ができるまで

—うま味を活かした料理として、「塩なしカレー」を開発された経緯を教えてください。

松嶋:たまたまカレーのスパイスについて調べていたことがあったんです。そのときに出会ったのが沖縄産のウコン(ターメリック)で、まず、このスパイスを使った塩なしカレーの開発をはじめました。
妻の体調があまり良くなかったときに、このカレーを食べてもらったところ、快方に向かった経験もあって。うま味も効いていて塩も入っていない。これは健康バランスのいいカレーじゃないかと思ったとき、ふとユーグレナのことを思い出したんです。

ユーグレナに関しては、出雲さん(ユーグレナ社 代表取締役/出雲充)と知り合いで、彼から以前「松嶋さん、何か一緒にやりましょう!」と粉末を手渡されていました。ちょうど、ユーグレナの香りをどのように生かそうか考えていたところでした。
「健康」「塩なし」「沖縄」—僕の頭の中で、キーワードが重なりました。沖縄・石垣島産であり、香りのあるユーグレナをカレーに混ぜてみるのはどうだろう? と出雲さんに伝えたところ「ぜひやってみてください!」と。そこから試行錯誤を重ね、できあがったのがユーグレナ入り塩なしカレー『石垣太陽さんさんカレー』です。
「塩なしカレー」は、健康に配慮して塩を一切使用せず、素材のうま味を最大限に活かしています。今回は素材として、栄養が豊富な石垣産ユーグレナを使用することで、さらにヘルシーでおいしいカレーに仕上がりました。店でも、なかなか好評で、いいメニューができたと思っています。

現代社会には、不自然なことが多すぎる

—松嶋さんがオーナーシェフを務めている「KEISUKE MATSUSHIMA」のコンセプトの中に、「ECOLOGIE=人間と自然との調和・共存」という一文がありますよね。これも、ニースで暮らしたご経験から導かれたのでしょうか。

松嶋:そうですね。今の世の中—特に東京の街には、不自然なことが多すぎると感じていて。だからこそ「自然とは何か?」を問い直し、原点回帰が必要だと思っています。
原点回帰というのはごくシンプルに、自然の流れに沿えるかどうか、自然の流れに耳を傾けられるかどうか、自然に身を委ねられるかどうか、ということに尽きるのではないか、と。

—現在、自然環境を取り巻くさまざまな問題がありますが、自然の食材を大切にされている料理人として、松嶋さんはどんなところに課題意識をもっていますか?

松嶋:僕は、自然の流れに沿って、当たり前のことを当たり前に行ってきたいと考えています。その土地の旬の食材の良さを最大限に引き出す、そんな料理をつくりたいと思っています。

—それを「当たり前のこと」と捉えるようになったのは、いつ頃からですか?

松嶋:東京に出てきたときですかね。僕はもともと自然が豊かな田舎の農場で育ったこともあり、都会にきてはじめて“不自然さ”を感じるようになりました。コンクリートに囲まれていて、季節感も感じにくいですしね。

「食」に関するさまざまな悩みを解決したい

—松嶋さんはいま、「自然との調和」や「健康」「ウェルビーイング」など、さまざまな角度から食を通じた社会課題の解消に取り組んでいらっしゃいますね。

松嶋:そうですね。僕は、人がいちばん大切にしなければいけないのが「身近な人」の存在だと思っていて。それは家族であったり友達であったり、自分の会社の社員だったり…。人それぞれ違うかもしれないけど、とにかくそこに何かしらの問題があるなら、それをちゃんとクリアにしたいじゃないですか。周りの人に話を聞くと、みんな「食」に悩みを抱えているんですね。だから僕は、それを少しでも解決したいと考えています。

—自然の味を活かした「うま味」の普及も、他の社会課題に対する取り組みも、すべて身近な人の健康と真剣に向き合うことで生まれたのですね。

松嶋:少なくとも、自分のエゴで「面白いことをやってやろう!」という感覚でないのは確かですね。
忙しい毎日を送っていて、家に帰って料理をする時間がなく悩んでいる人に、僕の塩なしレシピなどを届けられたらいいと思っています。それで救われる人が、必ずいると思うので。

※文章中敬称略

構成:水本このむ/撮影:丹野雄二/編集:大島悠