日本は食のバリエーションが多様な国です。私たちは豊かな自然環境のもとで、「和食」を中心とした食文化を育み、栄養バランスの取れた食事を享受してきました。
しかし日本の自然環境は、変化を続けています。サステナブルな食生活を実践するために、私たちはどんなことを意識すればよいのでしょうか。
今回は、日本大学教授で、ユーグレナ社が販売するゼリー飲料「SPURT(スパート)」のアドバイザーも務める公認スポーツ栄養士の松本恵さん(日本大学教授)に栄養学の観点から見た“サステナブルな食生活”について語っていただきました。
世界でも類いまれな栄養バランスの日本食
—2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは記憶に新しいところです。世界が注目する日本食の特徴とは何でしょうか。
松本恵さん(以下松本):栄養の質を評価する指標のひとつに、「PFCバランス」というものがあります。これは摂取カロリーのうち三大栄養素の「P=たんぱく質」「F=脂質」「C=炭水化物」がどれくらいの割合を占めるかを示す比率のことです。
人が健康かつ長寿でいられるための三大栄養素の割合の基準は、たんぱく質が20~30%、脂質が30%以下、炭水化物が50~70%とされています。
日本食の特徴は、このPFCバランスが無理なく保たれているところです。定食スタイルだと、基準の割合からさほど大きく外れません。
でも、例えばファーストフードのバーガーとポテトを1食とすると、脂質は50%、たんぱく質は30%、炭水化物は20~30%程度になり、PFCバランスは大きく崩れてしまうんです。
私はアスリートの栄養サポートに携わっているのですが、アスリートの目線から見ても日本食は恵まれていると思います。
食のバラエティが少なく外食の機会も多い欧米の選手は、PFCバランスを整えるのにひどく苦労しています。例えば、シリアルやプロテインバーで補ったり、生野菜をボリボリかじったり。野菜については、煮物などの調理法を知っていればもっとバラエティ豊かに食べられるんですけどね。
—家庭で食べられる食事ですでに栄養バランスが取れているのですね。
松本:そうですね。あと、家庭だけでなく学校給食も非常にバランスがいいんです。日本の給食は世界でも類まれなバランス、クオリティで提供されています。ですので、日本では子どもの頃からバランスの良い食事を自然に取れる環境にあるといえます。
—現在の恵まれた日本食が、環境の変化によって影響を受けるでしょうか?
松本:地球環境が変化する中で、私たちがこれまで当たり前に食べてきた魚や野菜が収穫できなくなることもあるでしょうね。
シンプルに栄養のことだけを考えれば、これまでの食材に固執せず、代替品に置き換えていくことができれば問題はないんです。ただ、伝統的な食文化を守り、美味しいものや旬の食を楽しみたいという要望や、日本で親しまれている旬の野菜や果物にはビタミンやミネラルが豊富に含まれていることがわかって、それを代替品である工場野菜や通年野菜で担保されるのかは心配なところです。
栄養士としては個々の食材の栄養素の含有量がどう変化していくのか、注意を払っています。
アスリートに対する“サステナブルな食教育”とは
—松本先生は現在、アスリートへの“サステナブルな食教育”に取り組まれていますね。そのきっかけは何だったんですか?
松本:2016年のリオデジャネイロオリンピックが終了した後、米オリンピック委員会のトップ管理栄養士であったナンナ・メイヤー先生に会うために、コロラド大学を訪れる機会がありました。
2020年に向けたアスリートへの食提供についてヒアリングしに行ったところ、ナンナ先生は「アスリートへのサステナブルな食教育に力を入れていきたい」と熱く語ってくれたんです。実際にさまざまな取り組みをされていました。
これまでのスポーツ栄養学は、「いかに勝てる身体をつくるか」がメインテーマでした。私自身も選手のパフォーマンス向上やコンディショニングのためのサポートを中心に考えてきましたが、もともと、私は農学部出身で食のサステイナビリティにも関わる研究室にいたので、ナンナ先生の考えに改めて気づかされることがたくさんありました。
—なぜ、アスリートに対するサステイブルな食教育が必要なのでしょう。
松本:アスリートは筋量増加や筋損傷からの回復のために、通常の人よりも環境負荷が高いといわれている動物性たんぱく質を多く摂取します。また、海外遠征などで航空機や車を使うとき、化石燃料を消費して頻繁に移動しますよね。まずはアスリート自身が、このような環境負荷に関する知識を持つことが必要です。
そうした知識をもっていれば、例えば、摂取するたんぱく質の一部を環境負荷の低い植物性のものにするなどの対策をとることも可能です。
また、影響力の大きいアスリートがサステイナビリティについて発信すれば、人々に受け入れられやすく、ひいては地球環境にも有益なものになる、という考え方もできますよね。
—“サステイブルな食教育”とは具体的にはどのようなことが行われているのですか?
松本:コロラド大学では試験農場を作り、そこで生産・収穫したオーガニックな野菜で、植物性たんぱく質の料理教室を行っていました。
また地産地消を推進するために、アスリート自身が食材を農家に提供してもらいに出向いたり、アグリツーリズムのように農場に滞在して農作業を手伝ったり、ファーマーズマーケットのイベントで講演したりして、地域に貢献しています。
こうした動きが今、欧米のアスリートを中心に広がりつつあるんです。
日常生活の中で、今すぐできる「食の選択」
—アスリートだけではなく私たち一般消費者が意識したほうがいいこと、行動で変えられることはなにかありますか?
松本:一番シンプルな方法は、「地産地消」なんです。農作物なら、住まいの近くで取れた新鮮なものを選ぶこと。これは栄養学的にも、サステイナビリティの観点からも理にかなっています。
—どうしても有名な産地のものを選びたくなってしまいますが、それがベストなわけではないんですね。
松本:そうです。例えばビタミンは光に当たると酸化するので、体の中に入る前に一部が壊れてしまうことがあります。
つまり、収穫から人の口に入るまでの距離や時間がかかればかかるほど、酸化する確率は高くなるんです。だからお取り寄せなどで有名な産地のものをいくら入手しても、ビタミンなどの一部の栄養素は壊れている可能性があります。
日常的に食べるものは、できるだけ近所のものを選ぶようにする。まずはこれがファーストステップだと思います。
誰でも簡単にできることだと思いますので、ぜひ意識してみてほしいです。
※文章中敬称略
構成:水本このむ/撮影:丹野雄二/編集:大島悠