現代に、マンモスが復活するかもしれない—。
約4,000年前に絶滅したとされる大型哺乳類・マンモス。近年、地球温暖化などの影響で永久凍土の一部が溶け、骨格標本のような化石とは異なる「冷凍標本」が発見されています。

今回は、その冷凍標本(世界初公開を含む)が展示されている企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか-(日本科学未来館)をたずね、科学コミュニケーター専門主任の松岡均さんにお話をうかがいました。
数千年、数万年の時を超えた生命との出会いから、現在を生きる私たちは何を学べるのでしょうか。

マンモスは気候変動によって絶滅した?

— 「マンモス展」では、マンモスやその他の生物の冷凍標本が多数展示されていますね。毛や皮膚まで生々しく残っていて驚きました。

松岡均さん(以下松岡):今回の展示で公開している標本は、ロシア連邦サハ共和国の永久凍土の中から冷凍状態で発掘されました。
マンモス自体の研究はずっと昔から行われています。でも骨格だけでは生物としての情報は限られているため、わからないことも多くあったんです。

— 新たな研究材料を得て、どんなことがわかったのでしょうか?

松岡:例えば冷凍状態で見つかった個体の胃の中を調べたことで、マンモスが餌にしていた植物がわかりました。その植物が気候の変動に適応できずなくなってしまったことが、マンモスにも大きな影響を与えたと考えられます。

松岡 均 Hitoshi Matsuoka (日本科学未来館 科学コミュニケーター専門主任)
理学博士。専門は宇宙理学。大学院修了後、国内外での研究生活を経て、2004年に日本科学未来館へ。その後、JAXA宇宙教育センターで学校教育の支援活動に従事し、2012年に再び未来館に戻り現職。

— マンモスが絶滅した理由は、地球の気候変動によるものなのでしょうか。

松岡:はっきりとしたことはわかっていませんが、気候変動との関わりは大きいといわれています。
大多数のマンモスは、1万2千〜3千年前に地球上から姿を消しています。ちょうどその頃、地球が急激に温暖化したことが判明しているんです。マンモス
(ケナガマンモス) は寒冷地で生きていくために進化した生物だったので、環境の変化に適応できなかったんですね。マンモスだけではなく、シベリア周辺に住んでいた大型の哺乳類も、多くが同時期に絶滅しています。

— マンモスの絶滅に、人類が関わっている可能性はありますか?

松岡:確かに、人類がマンモスを狩っていた痕跡も残されています。地球全体が暖かくなったことで、人類が移動範囲を広げたと考えられています。マンモスの絶滅要因は一つだけではなく、さまざまな変化が折り重なった結果でしょうね。

現在の地球は「氷河時代

— マンモスの数が減ってしまった1万数千年前も、“地球温暖化”が起こっていたということですか?

松岡:そうです。そもそも地球は、「氷河時代」と「温室期」を数億年周期で繰り返しているんです。例えば恐竜が生息していた1億年前の地球は温室期で、南極にまったく氷はなく、気温も今よりはるかに高い状態でした。
地質的な年代でいうと、現在の地球は「氷河時代」にあたるんです。夏でもグリーンランドや南極の氷は溶けないでしょう?

だから私のように地球科学の研究をしている人間からすると、“いま地球が温暖化している”と単純に捉えることに、少々抵抗があるのも事実です。

— 今の時代は、大きく捉えると「氷河時代」なんですね…!

松岡:はい。地球の気温は数千万年前から下がりはじめ、約250年ほど前にさらに急降下しました。
そこから現在につながっているわけですが、同じ氷河時代にも「氷期」と「間氷期」があり、約10万年周期で気候変動を繰り返しているんです。
直近の氷期が終わったのが、まさにマンモスの大半が姿を消した1万2千年前のこと。そのあと気温が上がり、現在は気温が安定している間氷期に入っています。

— ということは、そのうちまた氷期に向かい、地球の気温が下がる時期がくるのでしょうか。

松岡:そうですね。おそらく1~2万年ほどたつと、また気温が下がってくるはずです。

— 数万年、数十万年単位で地球環境を捉えると、気温が変化する大きなサイクルがあるのですね。そう考えると、いま問題視されている温室効果ガスなどによる“地球温暖化”は、そこまで危険視する必要はない…?

松岡:いえ、それは違います。研究者たちが非常に危機意識をもっているのは、地球の気温が上昇するスピードに関してです。これまでのサイクルと比べると、気温が変化するスピードが早いんです。
このことが、地球環境や生態系にどんな影響を与えるのか、何を引き起こすのかわからない。研究者がさまざまなシナリオを検証していますが、これから先の状態は本当に未知の領域です。

数万年前に生きていたマンモス、その細胞が動いた

— このまま気候変動が急速に進めば、マンモスと同様に絶滅する生物も出てきますよね。

松岡:マンモスのように、生物が一定期間で絶滅していくこと自体は決して不自然なことではありません。地球上に生命が誕生してからの長い歴史の中で、ずっと生き続けている生物はほとんどいませんから。

生物は種ごとに繁栄と絶滅を繰り返し、そのたびに新しい生物が生まれ、進化を重ねる中で多様化してきました。本来はそれが自然なことなんです。
ただ繰り返しになりますが、近年の気温変化は非常にスピードが早いため、それが今後、地球環境や生態系にどのような影響を与えるかはわかりません。

— 今回のマンモス展では近畿大学の「マンモス復活プロジェクト」を大々的に取り上げていますが、こうした生命科学の技術が進歩することで、絶滅した生物を復活させたり、生物の絶滅そのものを阻止したりすることが可能になるのでしょうか。

松岡:非常に厳しい道のりではありますが、可能性はゼロではないといえます。
2019年3月に近畿大学の研究チームが、保存状態のよいマンモスの冷凍標本から細胞核を取り出し、マウスの卵子に注入して、1万年以上前のマンモスの細胞核が生命活動の兆候を示したことを発見しました。
ただ絶滅したマンモスを復活させたからといって、当然ながら、現在の環境変化に適応していけるかどうかは疑問です。本来は生息しないはずの生物が新たに登場することによって、環境や生態系を変えてしまう可能性もありますしね。

「マンモス」をきっかけに過去・現在・未来をつなぐ

— 私たちはつい、“地球温暖化”や“生物の絶滅”など、言葉のイメージだけでものごとを単純化し、捉えてしまいがちなのかもしれません。今回の「マンモス展」と松岡さんのお話を通じて、現在の地球で本当は何が起こっているのか、何が問題なのか、改めて知りたいと思いました。

松岡:日本科学未来館としては、最新の研究から導き出された客観的なデータをもとに、「今何が起こっているか」を正しくみなさんにお見せすることが使命だと考えています。
まずは現状を知っていただくこと。そこから何を読み解き、何を考え、どんな行動に移していくかは人それぞれですからね。

— 松岡さんは、来場者に「マンモス展」をどんな風に見てほしいですか?

松岡:ぜひ、いろいろな楽しみ方をしていただきたいですね。
例えば「マンモスが好きだ」というお子さんには、ぜひ復元した模型や骨格標本を見上げて「こんな大きさなんだ!」と驚く体験をしてほしいです。
「マンモスは何で滅びたんだろう?」と疑問に感じた方には、その原因を理解することによって、現在の環境問題とつなげる視点を得ていただきたいですね。

冷凍標本から数万年前に生きていた生物の細胞が採取できたことに着目し、「その技術を医療に役立てるんじゃないか?」と考えはじめる人がいてもいい。
「マンモス」を一つのキーワードとして、太古の昔の生物のことから、現在の地球環境、そしてこの先の未来へと思いを馳せるきっかけにしていただけたらと思います。

▼日本科学未来館で開催中の「マンモス展」について(11月4日まで!)
 企画展「マンモス展」 -その『生命」は蘇るのか-
 場所:日本科学未来館(東京・お台場)
 開催期間:2019年6月7日(金)~11月4日(月・休)
 開催時間:10:00~17:00(入場は閉館の30分前まで)
 休館日:火曜日
 >>詳細はこちら
 ※日本科学未来館にはお土産として「ミドリムシクッキー」も販売中です!

 その他:福岡展が2019年11月23日(土)~2020年2月23日(日)(福岡市科学館)で開催。その後、名古屋・大阪に巡回予定。

※文章中敬称略

撮影:坂脇卓也/構成・編集:大島悠