ヒトの設計図ともいわれるヒトゲノムが明らかになり、健康リスクや体質など、さまざまな事柄の遺伝的要因について研究が進んできています。
今回は、人の身体がもつ機能を極限まで引き出そうとするスポーツの世界と、遺伝子の関係性に着目しました。
おうかがいしたのは、2019年9月1日、女子100メートルハードルにて、19年ぶりの日本新記録となる「12秒97」をマークし、陸上競技選手として2020年東京オリンピックを目指す寺田明日香さん。
遺伝子解析サービスを手がける株式会社ジーンクエストの代表であり、ユーグレナ社執行役員の高橋祥子と、スポーツと遺伝子や食生活との関係などについて語り合いました。
遺伝子で裏付けられた体感
高橋祥子(以下高橋):まずは何より、19年ぶりとなる日本新記録達成※、おめでとうございます。 ※寺田さんの新記録達成は取材日の前日
寺田明日香さん(以下寺田):ありがとうございます!
高橋:出産を経て6年ぶりに陸上競技に復帰、そのうえ日本勢初の12秒台記録とは本当にすごいですね…!
寺田:2018年12月に陸上競技選手として再スタートを切って9ヶ月。試合に出始めて5ヶ月ほどですが、このタイミングで日本新記録を出せたのはうれしかったですね。これまでの選択が間違っていなかったことを証明できたように思います。
高橋:今回、寺田さんには、ユーグレナ・マイヘルスの「遺伝子解析サービス」と、「ダイエット体質遺伝子チェック」を受けていただいたんですよね。すでに「ダイエット体質遺伝子チェック」の結果は出ているとうかがいました。ご覧になって、どうでしたか?
寺田:はい、今朝届いたばかりです! 私の遺伝子タイプは、脂質の代謝効率があまりよくないこと、基礎代謝が高いことなどがわかりました。
私、もともと脂質を摂ることが苦手だったんです。遺伝子チェックにより、私の身体も同様に脂質を代謝することが得意ではないとわかったので、その点はほっとしたというか。嗜好と遺伝子タイプが同じで良かったなと思いました。
高橋:なるほど、私も脂質代謝に関しては同じタイプで、脂っぽいものは嗜好としても苦手ですし体質的にもできるだけ摂らないようにしています。ところで、アスリートである寺田さんが、普段の食生活をどのように気を付けていらっしゃるのか、とても気になります。
寺田:基本的なことですが、やはり「しっかり栄養素を揃える」ことを大事にしています。それでも夏の暑い日など、時期によっては食欲が落ちて食べられないこともあります。
そういうときは、無理せず食べられるものを食べること、3食きっちり取ること、お腹を空かせないようにすること、この3つを守るよう栄養士さんから指導を受けていますね。
高橋:日々の食事は、ご自身で作られているんですか?
寺田:栄養士さんが作り置きしてくれることが多いですね。もちろん自分で作ることもありますし、外食もします。ただ外食の場合は、できるだけ栄養素を揃えられるものを選ぶようにしています。
高橋:外食だと栄養素を揃えるのが難しそうですが、定食屋さんを選ぶとか、そういうことでしょうか。
寺田:そうですね。あとは味噌汁を豚汁に変えたり、食後にゼリーで栄養補給したり、不足する栄養素はサプリメントを使ったり。
私は量を食べること自体があまり得意ではないのですが、アスリートとして一般の人より身体を動かさなければいけないので、いろいろ工夫しながら栄養を補えるようにしています。
体質を知ることは栄養摂取の効率化につながる
高橋:寺田さんのように食事に普段から気を付けていて、基礎代謝も高いタイプでもともと脂っぽいものが苦手なのであれば、ダイエットについては特に気をつかう必要はなさそうですね。
寺田:それにしても、人の遺伝子のタイプにはいろいろあるんですね。はじめて知りました。
高橋:そうですね。人によっては糖質の代謝が苦手だったり、タンパク質の代謝が苦手だったり。みんなが一様に糖質制限すればいい話でもない。いろいろなタイプがありますよ。
寺田:ダイエットとは逆になってしまいますが、実は私、体重が増えなくて苦労したことがあって。
私は2013年に一度、陸上競技を引退しているのですが、2016年から2年間、7人制ラグビーに転向する形で現役復帰したんです。そのときは体重を増やさなければいけなかったんですけど、身長168cmに対して、当初は47kgしかなくて…。
高橋:ラグビー選手としてはかなり細いですね。遺伝的な体質でも基礎代謝が高かったとのことですが、項目の一番高いところにチェックがついていたんじゃないですか?
寺田:まさにそうです! もともと体重が減りやすいタイプであることは何となくわかってはいたんですけど、出産してからそれがより顕著になりました。放っておくとすぐに減ってしまうんですよね。
高橋:お腹を空かせないように気を付けているのも、空腹時に何も食べないと自分の身体が筋肉を分解してエネルギーを生み出してしまうからですか?
寺田:そうなんです。私の場合、お腹を空かせたまま生活したりトレーニングしたりすると、自分の筋肉を削ってしまうことになります。そうしないために、お腹が空く前に何か一口食べたり、練習中に糖質などが入っているスポーツ用のゼリー飲料やドリンクを飲んだりするようにしているんですよね。特にユーグレナ社の「SPURT(スパート)」は色々な栄養素が入っているので、とても重宝しています。
今回の結果をみて、基礎代謝がこれだけ高いからこそ、しっかり栄養を取らないといけないんだなと、改めて実感しました。この結果を栄養士さんと共有することで、さらに効果的な食生活につなげていきたいです。
高橋:そうですね、ぜひ効率の良い食事やトレーニングに役立てていただければ。
もう一つ受けていただいた「遺伝子解析サービス」の方は、疾患のリスクや体質の傾向に関する情報に加え、筋肉に関する遺伝子情報もわかるんです。短距離走向きなのか、長距離走向きなのか。そうした項目もあるので、見ていただくと面白いかと思います。
遺伝子の違いを知り、行動が変われば未来も変わる
高橋:アスリートとして「身体づくり」に若い頃から取り組まれてきている寺田選手は、10代から国際大会で活躍されていますよね。共に競技する外国人選手との「身体的な違い」については、どう捉えていらっしゃるのでしょうか。
寺田:身体的な面でいうと、骨格や筋肉の付き方は、人種によってそれぞれ違いますし、強い短距離走の選手に外国人が多いのは確かです。
高橋:その「違い」に対して何か思うことはありましたか?
寺田:そうですね…。トレーニングや環境の要因もあるかとは思いますが、同じ身長でも足の長さが違ったり、そもそも骨盤の向きが違ったり、そういうところには遺伝的要因があるのかな、と感じることはあります。
日本人の身体が恵まれているかどうかは競技によって異なりますが、短距離走に関して言えば恵まれていないのかもしれません。ですがその分、挑戦できることがたくさんあると思うんです。 例えば、私はすごく痩せやすい体質だけど、ラグビーに挑戦したことで身体を大きくする大切さを知ることができました。それからは「外国人選手に負けないくらいの身体をつくらないと、そもそも戦うステージに上れない」と強い気持ちで食生活やトレーニングに臨んでいます。
高橋:いい考え方ですね。陸上競技に復帰される以前と復帰されてからでは考え方が変わりましたか?
寺田:10代の頃は、「身体が細くても走れる」と考えていたところがあって。身体づくりのためのトレーニングも、実はほとんどしていませんでした。
一旦、陸上競技から離れ、いろいろな世界を見たからこそ気づいたことがたくさんあったんです。
高橋:陸上競技とは異なるラグビーでの選手経験が、寺田選手に大きな影響を与えたんですね。
寺田:ちなみに、スポーツと遺伝的要因の関係性というのは、遺伝子解析でどのあたりまでわかるものなんですか?
高橋:瞬発系の競技が向いているか、持久系の競技が向いているかや筋肉の付きやすさなどは、遺伝子解析でわかるようになってきました。ただ、現時点ではスポーツの適性と遺伝的要因との関連性がはっきりとわかるという訳ではありませんね。
これまでの遺伝子研究の多くは、「疾患と遺伝子」に関するもので、「筋肉と遺伝子」、「栄養と遺伝子」などは、ここ数年でようやく研究されはじめている領域なんです。今後、研究が進めばもう少し活かせることが増えてくると思います。
寺田:そうなんですね! でも、アスリートがそもそも自分の遺伝子タイプを知ったうえで身体づくりをするのと、何もわからずにイチから試行錯誤しながら進めるのとでは、かかる時間も効率も大きく変わってきますよね。
今回、「遺伝子解析サービス」でわかることについてお話を聞き、また実際に「ダイエット体質遺伝子チェック」を使ってみて、まずは自分がどういう遺伝子タイプなのかを知り、そのうえで競技や身体づくりに取り組むほうが効率的だと感じました。
高橋:遺伝的要因というと「変えられないもの」というイメージが強いですが、そこが重要なのではなく、自分で「変えられる」余白の部分が何なのかを理解できるという点が重要なんです。自分の余白を知り、行動に変えることが「遺伝子を知る」ということだと思っています。
確かに、人種によって遺伝的背景の違いがあることは事実です。でもスポーツにおいては、単純な体格の遺伝的要因だけで優劣が決まるとは思えないんですよね。基本的な運動能力だけでなく、練習における成功経験を記憶する力や判断力など、いろいろな要素が複雑に影響しあいますから。スポーツでも同じように、自分の変えられる「余白」を知った上でどう向き合えるのかがやはり大事なのだな、とお話をお伺いしてさらに思いました。
寺田:違いを悲観的に捉えることも、ポジティブに捉えることも本人次第ですもんね。もともとの体格や体質の違いに悲観的になるのではなく、違いを知ったうえで、自分ができることを着実に実行して、変えられることを変えていく。
そう考えると、私たちアスリートも「遺伝子を知る」ことで、身体づくりや日々のトレーニングをポジティブに変えていけそうです。
※文章中敬称略
構成:水本このむ/撮影:坂脇卓也/編集:大島悠