「すべての人が健康的生活を営むために、必要十分かつ安全で栄養価に富む食料を得られる」。その状態が世界で望まれていて、実現のためにどんな困難のなかでも挑み続ける人がいる。

正しいことを続けるための志、そして牽引するためのリーダーシップについて熱く語った、WFP元アジア地域局長・忍足謙朗氏とバングラデシュでの食料支援をするユーグレナ社社長の出雲充の対談をお届けします。

現地の人々が、マーケットで自ら食料を調達できる状態へ

出雲充(以下出雲):この対談の前に忍足さんより、1年間で300万人の子どもたちが5歳の誕生日を迎える前に亡くなっているというお話を聞きました。わたしは日本に生まれましたが、「日本に生まれてよかったね」では済ませられないと思っています。

忍足謙朗氏(以下忍足):私たちはよく「1000日の話」もしています。赤ちゃんがお母さんのお腹の中で生を受けてから、2歳の誕生日を迎えるまでが約1000日なんですね。この間、お母さんの栄養状態が悪いと、満足に母乳が出ません。また、貧困によって離乳食もちゃんとした物を食べさせられないというケースが多い。1000日の間にちゃんと栄養が取れないと、子どもは発育阻害になってしまい、年齢の平均身長より明らかに低かったり、知能の発達が遅れたり、病気になりやすかったりといった影響が出てしまうんです。これを引きずったまま大人になると生産性が脅かされ、貧困の連鎖が続いていく。2歳以上でも子供の栄養は本当に大事です。だからこそ、出雲さんが率いるユーグレナ社がやっている、バングラデシュの子どもたちにユーグレナ入りクッキーを配布している「ユーグレナGENKIプログラム」のような取り組みは重要だと思っています。ちなみに次はどんなステップを描いているんですか?

忍足 謙朗 Kenro Oshidari(WFP元アジア地域局長)
アメリカのバーモント州 School for International Training 大学院にて行政学の修士号を取得。国連開発計画(UNDP)リビア事務所、国連人間居住計画(UN-HABITAT)ケニア本部でプログラムオフィサーを務める。国連世界食糧計画(WFP)ザンビア、レソト、クロアチア、カンボジア、ローマ、コソボ、タイ、スーダン事務所で勤務し、その後、タイ事務所にてアジア地域局長を務める。2015 年から日本に拠点を移し、 国際協力に興味をもつ若い世代の育成に力を入れている。

出雲:正直なところ、まだまだ課題が多いんです。バングラデシュでは毎年「数十年に一度レベル」の大雨被害があって、現地で栽培する緑豆のサイズが小さくなってしまうという影響が出ています。また、バングラデシュでここまで急激にインフレが進むとは思っていませんでした。「 ユーグレナGENKIプログラム 」を2014年に始めたときは200人の子どもにクッキーを配っていましたが、今では1万人に拡大しています。そして、この5年間でバングラデシュの経済は毎年10パーセントずつくらいの規模で成長していて、クッキーの荷造り運賃費と人件費は2倍に膨れ上がりました。経済成長している国で支援を続けるというのは大変なことだと実感しています。

出雲 充 Mitsuru Izumo(株式会社ユーグレナ代表取締役社長)
東京大学農学部卒。2005年8月株式会社ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leaders選出(2012年)、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」(2015年)受賞。 著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)がある。

忍足:なるほど。そうした意味ではWFPとのパートナーシップはもちろん、バングラデシュ政府側ともパートナーシップを結んでいくことで、もっと大きなことができるようになるかもしれませんね。ひとつエピソードをお話すると、日本企業でWFPにいちばん大きなサポートをしてくれているのはある大手食品会社さんなんですが、一度、CEOをカンボジアにお連れして学校給食を見てもらったことがありました。「この給食はおいしくないね。栄養強化したインスタント麺を作りたい」と言ってくれて、研究開発の末に試作品も提供してもらったのですが、これが実現しなかったんですよ。

出雲:なぜでしょう?

忍足:その食品会社さんは「製造費だけでいい」と言って価格を抑えてくれたんですが、それでもWFPには高すぎたんです。現実的には、コストはものすごく重要な問題となります。同じカロリーと栄養素があり、より安く調達できる。そんな商品があれば強いと思うんです。

出雲:そうしたグローバルスペックの商品開発は、絶対にやりたいですね。

忍足:栄養の補強という意味でWFPが最終的に目指しているのは、支援を必要とする人たちが自分でマーケットへ行き、食糧を調達できる状態です。貧しい中でもマーケットで買える栄養価の優れている商品があることが理想なんです。

出雲:僕たちも、もっともっとコスト圧縮に力を尽くして、しっかりと栄養を確保しつつも安く買える商品を届けたいです。バングラデシュは、ロヒンギャ難民の問題以外では安定していて、本当に経済成長がすごいんですよ。やがて現地の人たちの購買力が上がっていき、僕たちのコストが下がっていく中で、うまくクロスするようになるんじゃないかと思っています。

忍足:そうしたゴールを描けるのは素晴らしいことですよね。

時にはルールを打ち破り、「新しい前例」を作る

出雲:WFPとパートナーを組むことが決まったときは、「夢がひとつ叶った!」と思いました。

忍足:そうなんですか?

出雲:はい、まさに僕の高校生の頃からの夢でしたから。当時、NHKの『映像の世紀』を見て難民問題について知り、これを解決するために国連機関へ就職して世界へ食料を届けたいと思っていたんです。まだインターネットが普及していない時代だったので、本屋さんへ行って、「国連で働いている人はどんな大学を出ているんだろう?」と調べていました。そんな国連と一緒に仕事ができるのは夢のようだし、こうして今日、忍足さんをお迎えできたことも大変光栄に思っています。ちなみに国連で働いている人はパスポートが通常とは違うと聞いたのですが……見せていただくことはできますか?

忍足:はい。こんなパスポートです。
赤い表紙に国連のマークがついていて、国籍は書いてありません。なぜかというと「国際公務員」だから。国連機関で働く公務員は、自国のために仕事をしちゃいけないんです。

国連職員が使用するパスポート

出雲:噂には聞いていましたが、レジデンシャルカントリーが書いてないパスポート、本当にあるんですね。忍足さんはアジア地域局長時代、北朝鮮での仕事にも力を入れていましたよね。そのときは、どんな気持ちで取り組んでいたんですか?

忍足:北朝鮮のような国は、他にはまったくないと感じていました。当初は政府側から「食糧だけを渡せ」と言われたのですが、WFPとしては支援開始後の状況をモニタリングしなければいけません。そのための交渉を、何十年にわたり続けていました。

出雲:ただ渡すだけでは、それが有効に活用されているか分からないですよね。

忍足:はい。やがて向こうも折れてきて、私たちの活動の自由度も増し、平壌市内であれば自由に車で行き来できるようになりました。

出雲:すごい。「厳しく情報統制をする国」というイメージが強いのですが、どうやって交渉を進めていったのでしょうか。

忍足:北朝鮮だって食糧がほしいんですよ。国際的な人道支援の枠組みはいろいろありますが、その中でも食糧は、特に強く求められている。そうした意味では、いちばん強く交渉できるのはWFPだったんです。たまにケンカにもなりますが、互いに折れたり折れなかったりして、少しずつ入っていくという感じですね。

北朝鮮の幼稚園でのようす(センターが忍足さん)

出雲:相手にも人間らしいところはある?

忍足:もちろん相手も人間ですから、公式な交渉のテーブルだけではなく、一緒に酒を飲みに行くようなことも大事です。アジア的な「飲みニケーション」ですね。ある時、北朝鮮のある港町で政府の人たちとご飯を食べることになったのですが、「ホテルからお店まで歩いていきたい」とお願いしてみたことがあるんです。

出雲:それはOKが出たんですか?

忍足:当然のごとくNGでした。でも、お店で飲み交わした帰りにもう一度、それとなく「ホテルまで歩いて帰りたいなぁ」という話をしたら、OKが出たんですよ(笑)。向こうも酔っ払って気持ちよくなっていたんでしょう。これで前例ができたので、以降はホテルからお店まで歩いて行き来できるようになりました。

出雲:素晴らしいエピソードですね。どんなときでもルールを確認し、ルール第一で動くだけではなく、時にはそれを打ち破って「新しい前例を作る」ということですね。

国連にも企業にも通じる「公平」「勇気」「思いやり」

出雲:スーダンに赴任されていたときは、ルール上では退職金がもらえないはずだった現地スタッフに退職金を支給したとうかがいました。どうやってルールを突破していったのですか?

忍足:そのローカルスタッフたちは、10年にわたってセキュリティを担ってくれていたんです。しかしWFP側の事情で契約を終了することになりました。そんな状況なのに、「契約がそうなっているから」という理由で退職金が出ないのはおかしいと思いました。もちろん本部は人事規則を重視します。いろいろな人に電話でかけあいましたが、「謙朗の言うことは分かるけど、これは規則だから」という反応ばかり。それで最後に、「誰がなんと言おうと僕は退職金を出します。これについて絶対に反対だという人は返信してください」というメールを関係者に送りました。で、誰からも返事がなかったので、退職金を払ったんです。

出雲:すごい!「絶対に反対だという人はメールをください」。これで、ルールの確認ではなく、一人ひとりの意思確認をしているわけですね。こんなに勇気や元気、やる気をもらえるエピソードはなかなかないと思います。「Do The Right Thing」、正しいと思うことをやるんだと。

忍足:同じようなことがフィリピンでもありました。台風による豪雨で、現地の食糧倉庫がダメになりかけていたんです。だから倉庫を建て直さなきゃいけないんだけど、それには2500万円くらいかかる。僕の部下だったトミーというアメリカ人スタッフがその見積もりを持ってきてくれました。でも国連のルールでは、見積もりを3つ取らなければいけないんです。

出雲:支援物資がなくなってしまうかどうかの瀬戸際なのに。

忍足:はい。目の前では今まさに、倉庫が沈みかけています。だから見積もりを3つなんて待っていられない。「俺が責任を持ってサインするから、その見積もりで進めてくれ」と言いました。するとトミーはニヤッと笑って「謙朗は絶対にそう言ってくれると思ったから、実はもう3日前に発注して工事を進めているんだ」と言うんですよ。

出雲:かっこいいなぁ。

忍足:トミーもかなり勇気があるヤツですよね。そうやって現場で起きていることに対応し、最善を尽くすためにそれぞれが判断できるチームでした。ルールはかなり突破しましたけどね。

出雲:僕も、かくありたいです。もともとルールに縛られて行動するタイプでもありませんが、謙朗さんの話を聞いてさらに勇気が湧いてきました。世の中の人々も、いろいろルールに悩みながら日々を過ごしていると思うんです。「Do The Right Thing」、常に何が正しいのかを考えながら行動することは重要ですね。
最後に、謙朗さんやトミーのように素晴らしいチームを組織する際のポイントを教えていただけませんか。

忍足:そうですね。リーダーシップという点では、僕は大切なものが3つあると思っています。1つ目は誰に対しても「公平」であること。僕のように多国籍で仕事をする場合は特に、公平であることが求められました。次に「勇気」。勇気のある判断ができ、勇気のある発言ができ、勇気のある行動ができること。そして最後に「思いやり」ですね。とにかく人のことを考えてあげられるかどうか。この3つは国連でも企業でも共通することでしょう。

出雲:ありがとうございます。僕もしっかり受け止めて、仲間とともに大切にしていきたいと思います。

※用語について 
食料=食べ物全般。食糧=米・麦などの主食物。
※文章中敬称略

編集:多田慎介/撮影:稲田礼子