2021年6月、ユーグレナ社は同社が製造・販売するバイオ燃料「サステオ 」を航空機に供給し、初めての「サステオ」を使用したフライトを実施しました。
この取り組みに興味を持っていただいたのが、環境経営やエコツーリズムを実践する星野リゾートの代表星野佳路氏です。実際に、「サステオ」の製造実証プラントや石垣島の研究所を訪ねていただきました。
前編では「微細藻類ユーグレナの食用屋外大量培養の成功のきっかけ」や「日本の微細藻類ユーグレナ研究」について、ユーグレナ社の代表取締役社長である出雲充と語り合いました。
微細藻類ユーグレナの食用屋外大量培養成功のきっかけは「銭湯」
星野:石垣島にある生産技術研究所(ユーグレナを培養している研究所)を見学し、改めて感銘を受けています。ユーグレナの研究は過去には国家プロジェクトとしても取り組まれていましたが、食用屋外大量培養の実現が高いハードルとなっていたわけですよね。それを突破した出雲さんやユーグレナ社の秘密はどこにあるのでしょう?
出雲:私は偉大な先人の皆さんの研究成果を踏まえて取り組んできました。多くの研究者が挑んできたユーグレナの食用屋外大量培養を、ゴール直前でバトンを渡していただいたんです。20歳から5年間、これだけをやってきました。星野:かつては誰もが実現不可能だと考えていた時代もあったんですよね。それを出雲さんが引き継いで。
出雲:はい。当時は「ユーグレナが屋外で大量培養できるなら、世の中に培養できないものはない」と言われたこともあるくらいで、バトンを受け継ごうとする人はほとんどいなかったんじゃないでしょうか。私は「バングラデシュの栄養問題を解決したい」という強い思いがあったので、ユーグレナに賭けて研究を続けました。
星野:自分たちなら成功できるという確信があったんですか?
出雲:いえ、確信と呼べるようなものはありませんでした。若かったからこそ、ある意味無鉄砲に続けられたのかもしれません。
星野:クリアしなければいけない課題はたくさんあったと思いますが、最終的に食用屋外大量培養の方法を思いついた場所は「銭湯」だったそうですね。
出雲:そうなんです。銭湯の大浴場に浸かっているときにパッと思いついて。
星野:どうしてまた、銭湯だったんですか?
出雲:ユーグレナの食用屋外大量培養のヒントを求めて、日本中の大学の先生に話を聞きに行っていたんですが、当時はお金がありませんから、移動はいつも夜行バスだったんですよ。夜行バスって、高速道路が空いていると予定よりも早く目的地に着いてしまうじゃないですか。それで、各地の大学へ行く前にはよく銭湯で時間をつぶしていたんです。その日も「今日会う先生とはどんな話をしようかな」と考えて銭湯に入っていて、そのときに食用屋外大量培養の方法を思いつきました。
星野:なるほど。ちなみに出雲さんは20歳から25歳くらいまで研究一筋だったわけですよね。その意味ではアスリートやアーティストの卵に近い立場だったんじゃないかと思うんです。「結果を出せなかったらどうしよう」と不安になることはありませんでしたか?
出雲:それは考えたことがありませんでしたね。未知の分野を研究している人はみんな、「自分の手でたどり着けるかどうかは分からない」と自覚しながら続けていると思うんです。仮に私が25歳のタイミングで食用屋外大量培養にたどりつかなかったとして、41歳の現在に至っていたとしても、アルバイトをしながら研究を続けていたと思います。
考え方で異なる、自然との関わり方
星野:出雲さんたちがユーグレナの屋外大量培養に成功してから、ユーグレナを研究する若手研究者は増えているんですか?
出雲:そうだと思います。少なくとも、ユーグレナ社に来てくれる研究者は増えていますね。
星野:世界的に見るとどうなんでしょう?
出雲:海外にもユーグレナの研究者はいますが、あまり盛んではなく、日本に比べると研究が遅れているんですよ。ユーグレナの研究は日本の純然たる強みなんです。
星野:興味深いですね。それはまたどうして?
出雲:自然への考え方の違いかもしれません。諸説ありますが、「自然が敵」という考え方があります。人間と自然を分け、自然を細分化して、それらを克服するために人間は神様から特別な才能を与えられていると考えている。その感覚でいうと、ユーグレナを含む微生物はすべて「ばい菌」として、人間がコントロールすべき対象になってしまうんですね。
星野:そうか、日本は自然と人間を一体にして、「自然の良さを生かして人間が豊かになればいい」と当たり前のように考えますが、これがマイナーな考え方になる場合もあるんですね。たしかに、私たちがずっと親しんできた味噌や醤油、納豆といった発酵食品も欧米にはなかったわけですからね。それは、出雲さんの研究成果が伝わっても変わらないのでしょうか?
出雲:そうですね。今でも、単細胞生物であるユーグレナの研究はレベルが低すぎると思われているかもしれません。一方では「自然が敵」という考え方を起点にした研究の強みもあって、たとえば遺伝子。遺伝子は4つの塩基配列で構成されるデジタルな世界であり、こうした数学的な視点ですべての病気を克服しようとする研究には日本はなかなか勝てません。ゲノム編集などの技術はその多くがアメリカから出てきていますからね。
星野:自然に対する文化の違いで、研究アプローチも違うんですね。
後編 へ続く
文 / 多田慎介