「気候変動に具体的な対策を」「飢餓をゼロに」「産業と技術革新の基盤をつくろう」━持続可能な世界につながる17のゴールを設定し、2030年までの実現を目指す国際目標「SDGs」。国連サミットが2015年に採択して以降、日本でも徐々に認知が広がっていますが、身近なテーマとして考える機会はなかなかありません。
教育コンテンツを制作するすなばコーポレーション代表の門川良平さんは、このSDGsの重要性を子供から大人まで実感できるボードゲーム「Get The Point(ゲット・ザ・ポイント)」を企画・プロデュースし、SDGsの普及に取り組んでいます。楽しみながら学べるゲームの制作に携わった経緯や、SDGsへの思いなどを伺いました。
社会課題からイノベーションまで全て入った「幕の内弁当」
― なぜSDGsに興味を持ったんですか。
門川良平さん(以下、門川):SDGsという言葉を知ったのは4年前にSNSを通してです。当時はベネッセコーポレーションを退職し、小学校の教員を目指していろいろと吸収している時期でした。調べてみると、社会的な問題からイノベーション(技術革新)まで自分の興味のある全てのテーマが詰まった「幕の内弁当」のようだなという印象を持ちました。
教育への関心はもちろんですが、もともと新しいもの好きで、当時は、ブロックチェーン(分散型台帳)技術やVR(仮想現実)技術などのイノベーションにも興味がありました。(教育や環境など)社会課題とイノベーションは自分の中ではセットで考えているのですが、別々に語られことが多い。SDGsは持続可能な世界に不可欠な経済成長やイノベーションまでテーマにしていて魅力的だなと、そして、教育の分野でも重要だなと思いました。
― 教育など社会課題に関心を持ったきっかけは。
門川:教育に携わるようになったのは、大学時代に法学部なのにいまいち法律になじめなくてゼミで教育法を選んでからです。教育の分野って法律だけではうまく回らない分野ですよね。そこでフィールドワークの一環として不登校の児童・生徒を支援するフリースクールに出会いました。
それまで不登校児に対して固定されたイメージを抱いていました。しかし、実際に現場で会ってみると一言で不登校児と言ってもその中には、非常に社交的で、コミュニケーションの幅が広い生徒や、感性豊かでその分とても繊細な生徒、明るくスポーツや身体を動かすことが大好きな生徒など、多様な個性がありました。1つの社会課題にも多様性があることを知って、そのフリースクールにボランティアとして飛び込みました。フリースクールでは進研ゼミの教材を使っていたので、次第に(進研ゼミの事業を展開する)ベネッセにも興味がわきました。利益を追う民間企業でありながら公教育とも連携しているところに魅かれ大学卒業後はベネッセに就職しました。
これは昔からなんですが、面白そうと思ったら、まず関わってみようという性格なんです。しかも、自分が面白いと思うものが、ソーシャルグッド(社会に良いサービスや製品)につながればより素晴らしいですよね。ベネッセに入社後は、教育教材の開発やマーケティングなどに携わりました。
遊びで息苦しい世界を緩やかに
― ベネッセ退職後、約2年間の教員生活を経て出版社で累計400万部の「うんこドリル」事業に携わられました。ゲット・ザ・ポイントも含め遊び心のある教材を開発する理由を伺わせてください
門川:教員として教育現場に立ち、学校は「学ぶ」システムとしては、よくできている一方で、その枠組みから外れた子どもへのフォローが不足していると実感しました。大人は転職や起業・フリーランスなど生き方が多様化してきているのに、6歳から18歳までは学校という選択肢一つに限られていることが、一部の子にとっては息苦しい世界なんだろうなと。大人が考える物差しとは異なるベクトルで能力が伸びることがあるかもしれない。子どもは本来、遊びながら学んでいく能力があると思っています。もっと遊びと学びの境目をなくすような場や教材を作ることで、より緩やかで懐の深い社会になっていくのかなと考えていました。
そんな問題意識の中でSDGsゲームにも取り組んでいます。SDGsって都内のビジネスマン向けセミナーが満席になったりするのを聞き素晴らしいと思う半面、日本全体の何%に伝わっているかなと疑問がありました。仕事が終わってからワークショップや勉強会に参加するような層にしかリーチできていないんじゃないかと。一方で、学校教育というものは、良くも悪くもみんなが参加し学ぶ場。だから、授業でも使えるコンテンツをゲームという遊びにすることで裾野を広げることに貢献できると思いました。
― ゲット・ザ・ポイントはどんなゲームですか。
門川:4人1組でカードを使ってプレイします。カードは車や携帯電話、バーベキューなど9種類の「アイテム」と、それらの材料となる鉄、木材、動物など6種類の「資源」に分かれます。アイテムは200~700㌽と価値に差があって、1ゲーム目は「一人ずつ順番に資源を使ってアイテムをつくり、集めたカードの(合計)ポイントを競うんだよ」と説明すると、子どもたちは「おっ」と興味を示してくれます。
資源のうち鉄やレアメタルは使ったら再生しないのでゴミ箱に入れますが、木材や動物は再生可能です。だから、一回りしたら木材や動物は残った枚数の2倍までは復活するルールを追加します。子どもは競争だからポイントの高い車や家ばかりつくって、すぐに資源がなくなって終わり。各組の優勝者を発表しますが、ボードには何も残っていない。
そこで「これでは何もつくれない。現実の世界で起こったら、できることはあるかな」と問います。もちろん何もできない。だから時間を巻き戻し、2ゲーム目に入ります。
■現実の世界への橋渡し
― どう変わるんですか。
門川:基本的なルールは全然変わらないんです。資源の回復ルールも同じだし、進め方も同じ。ただ、一つだけ、勝ち負けが決定するロジックを変化させます。その一つの変化だけで、1ゲーム目の競争し奪い合う世界から、互いが協力し、共に豊かになっていこうという世界に自然と変化します。話し合いもファシリテーターが促すことなく、自然と生まれます。
もう一つ、2ゲーム目には「クライシス(危機)カード」「サスティナブル(持続可能)カード」というイベントカードがゲーム中に発動します。例えば「乱獲」というクライシス(危機)が怒ると動物カードのうち半分以上を捨てなければいけない。一方で、例えば「バイオマス」というサスティナブル(持続可能)カードがでれば(再生する)植物カードを化石燃料としても使えるようになります。子どもたちはすごく喜ぶので、そこで「バイオマスがもっと使えるようになったらいいね」と声を掛けたりします。
― ゲームですが、使う言葉はとてもリアルですね。
門川:言葉は難しいし、子どもたちも最初は意味も分からず使っていますが、ゲームの中のことが現実の世界で起きていることを知る橋渡しになると考えています。例えば、サスティナブルという言葉はほとんどの小学生が知りませんが、カードが出てくると嬉しいという経験をします。そうするとSDGsは「サスティナブルカード(の取り組み)を増やしていこうという活動なんだよ」と伝えることができますよね。
結果も競争型の1ゲーム目は(4人の)合計が1万~1万3000㌽にしかなりませんが、協力型の2ゲーム目は1万8000~1万9000㌽に増えます。子どもとしてはポイントを獲ろうと必死だった1ゲーム目よりも、世界の持続性を優先し、「ここは我慢しよう」とあえて得点を増やすためだけではない行動をとった2ゲーム目が多いことを不思議に感じる。そこから「競争型」の社会と「協力型」の社会について考えたり、今の社会はどちらに近いだろうかと問いかけたり、そういった振り返りを行うまでを約90分で実施します。
■2030年への行動につなげるため知る人を増やす
― SDGsが伝わっている手応えはありますか。
門川:小学校の授業やワークショップで実施していると、想像以上に反応がいいなというのが感想です。先日は、ゲーム中に小学校低学年の子どもが資源が枯渇しそうなボードを見て「やばい、世界が滅びる!」と不安そうに言っていました。資源の危機を伝える動画を見ても自分事として考えられませんが、ゲームを通した擬似体験として理解すると、その後の情報の入っていき方が全然違います。「世界を続けていくことの大切さ」に対して真剣に考えてくれます。
― 今後の展開を伺わせてください。
門川:(ネットで小口資金を募る)クラウドファンディングで資金を集めたので、これを利用して授業・ワークショップを実施できる人材を増やしていきたいと思います。自治体との連携も進めていて学校の授業に採用してもらったり、各都市版のゲット・ザ・ポイントをつくったりすることを検討しています。例えば、ゲームで使うカードが地元の特産品になっていたり、自然エネルギーが地元のソーラーパークになっていたりすれば地域の理解にも貢献できますよね。
ゲームとしても短縮版など種類を拡充し、体験の機会を多くしていきたい。SDGsの認知度はまだまだ低いので、30年に17のゴールを実現する行動につなげるため、まず知って理解する人を増やすことが重要になると思います。
※文章中敬称略
構成:会田聡/撮影:三枝直子