気候変動や格差、差別、紛争。現在数多とある社会課題解決に向けて、企業が発揮するべき価値とは何なのでしょうか。そしてソーシャルビジネスにはどのような意義があるのでしょうか。環境問題の解決に取り組んで46年目のアミタホールディングス株式会社 代表取締役社長 兼 CIOO(Chief Integrated Operations Officer:最高統合執行責任者)の末次貴英さんを迎え、ユーグレナ社の代表取締役社長の出雲充と語り合いました。
多くの企業が上っ面だけ。でもアミタは「本気で環境問題に取り組む」と言った
出雲:アミタは1970年代から長きにわたって社会貢献する事業を継続されていて、私はとても尊敬しています。末次さんはなぜアミタへ入ったのでしょうか。
末次:私は大学院時代、生物環境科学部で土壌微生物を研究していました。化学肥料などを使わず、土壌中の微生物の多様性を高めることで農業の発展に寄与していく研究です。この頃から、社会へ良い影響を与える事業に興味を持っていました。就職先を探すときには研究職や行政職などいろいろな道を考えましたが、社会を一番変えていけるのは企業だと感じ、アミタに合流※1しました。
※1 アミタでは同じ夢の実現を目指す仲間に対し、入社ではなく「合流」という言葉を使います。
出雲:政策や法律を変えるよりも、企業活動を変えることが最も社会にインパクトを与える道だと考えたのですね。
末次:はい。私が社会へ出た当時、環境問題は多くの企業が「上っ面で掲げているだけ」という印象でした。そんななか、アミタは「本気で環境問題に取り組む」と言っていた。その姿勢に惹かれて入ったんです。
出雲:入社後はどんな仕事を?
末次:京都府の京丹後市でメタン発酵施設の管理や森林で牛を飼う牧場事業の立ち上げ、その後は企業向けの統合的な環境ソリューションコンサルティングの営業や新規事業開発に携わりました。
出雲:すごい。本当にいろいろな経験を重ねてこられたのですね。
短期的な利益ではなく、長期的な幸せが重視される社会への変化
末次:アミタグループの定款では「自然資本および人間関係資本の向上ならびにこれらの資本増加に資する事 」を事業の目的としています。これは企業の活動は豊かな環境と社会があってこそ成立するという考えに基づいています。その意味で、幸せや持続可能性の意味を考えることが企業にとって不可欠になっていくのではないでしょうか。出雲さんは、幸せや持続可能性をどのように定義していますか?
出雲:幸せの定義という問いをいただいて思い出すのは、私が師と仰ぐムハマド・ユヌス先生(グラミン銀行創設者)の言葉です。ユヌス先生はいつも”Happiness”という言葉と”Super Happiness”という言葉を使うんですよ。以前のみんなが貧しかった社会では、豊かになることが”Happiness”、つまり幸せの定義だった。でも今では先進国も途上国も、お金を儲けること以上に人々の能力を開花させて幸せにしていく”Super Happiness”に意義を見出すようになったのだと。ソーシャルビジネスは、社会の中で孤独を感じている人を包摂し、みんなの力で幸せになろうと関与していきます。そうやって実際に人が幸せになっていくのを見たら、自分でも信じられないくらい力が湧いてくるんです。
末次:他の人のために貢献することが、自分自身の”Super Happiness”につながっていくということですね。
出雲:はい。今はまさに人々の価値観が変わろうとしているタイミングだと思います。短期的な利益ではなく長期的な幸せこそが重要なのだと認識されるようになり、前提となるマインドセットも”性悪説から性善説”へ、”クローズドからオープンネス”へと変化しつつある。こうした価値観を共有できる人と一緒に新しいチャレンジを続け、持続可能な社会を作っていきたいと思っています。
尊敬する経営者たちに比べたら、この程度の苦労は当たり前
末次:出雲さんの事業の原点は、学生時代に赴いたバングラデシュにあると伺っています。そこから実際にビジネスを立ち上げるまでにはたくさんの紆余曲折があったはずです。出雲さんが経営者として「これしかない」と確信するに至った変化のきっかけは、どこにあったのでしょうか。
出雲:私自身は何も変わっていないと思いますが、若い頃は本当に世の中のことを知らなかったんです。「ユーグレナを大量培養することができたら、世の中の人はみんな列をなして買いに来てくれるはず」と無条件に信じていました。でも実際は苦労の連続。起業前に会社経営がこんなに大変だと知っていたら、私は起業なんて選択せず、コツコツと研究を続けていたかもしれません。
末次:そうした苦労のなかでも、事業としてやり続けてきた原動力はどこから湧いてくるのでしょう?
出雲:私には4人の尊敬する経営者がいるんです。日清食品を創業した安藤百福さん、リコーを創業した市村清さん、ヤマト運輸を創業した小倉昌男さん、そして経営の神様である松下幸之助さんです。4人とも非常に苦労されていて、中には、戦争で被害を受けたり、既存のルールを変えるために国と裁判で争ったりしている。私はユーグレナの事業で毎日苦労し続けていますが、国から規制を受けているわけではないし、石垣島からでも自由にユーグレナを全国へ展開できます。だから、この程度の苦労は当たり前なんだと思ってやってきましたね。
やるべきことではなく「やらないこと」を決めた
末次:同世代人としては、出雲さんの経営観も大いに気になっています。経営には、やりたいこととやらなきゃいけないことが同時に押し寄せて来る瞬間がたくさんあると思うんです。私自身は、合理的に判断できること、つまり1+1=2を判断するようなことは自分がしなくてもいいと考えていて、経営者として1+1を3や4にするための意思決定を下さなければならないと自分に言い聞かせています。
出雲:経営者としての意思決定、これは本当に難しいですよね。
末次:出雲さんは、経営の判断や決断をするときにどんなことを軸にしているのでしょうか。
出雲:私は他の起業家のように想像力がないので、判断軸というものはないんです。私のところまで懸案として上がってくるのは、私より頭のいい人たちが一生懸命に考え、議論しつくしたものだけ。ここまで来るともはや正解はありません。みんなの議論や意見をよく聞いて、決断するのみです。結果、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともありますが、現場でうまくいかないときにはすぐにやめることも大事だと思いますね。
末次:そういえば、ある気候学の先生と話していたときに興味深い言葉をいただきました。「気候変動対策を進めていく上で、やってはいけないことが2つだけある」と。
出雲:やってはいけないこと。何でしょう?
末次:「選択と集中」、そして「想定と対策」です。これらはある意味、経営の教科書に書かれているようなことですよね。でもその先生は、短期的には結果が出るかもしれないけれど、長期的には取り組みの多様性が失われていく懸念があるのだと指摘されているんです。
出雲:とても示唆に富むご指摘ですね。「やってはいけない」という文脈で言うと、私は会社を作ってから今まで、やるべきことではなく「やらないこと」を決めてきました。私がいちばん嫌いで、絶対に使わない言葉が2つあるんです。
末次:ぜひ知りたいです。
出雲:「効率」と「社員」です。2005年に創業してから今まで、例として紹介する以外には、この2つの言葉を使わないと決めてやってきました。「効率よく進めよう」などという言葉は絶対に使わず、常に新しいチャレンジを奨励してきたつもりです。また、日本に約367万もの会社がある中でユーグレナ社に来てくれた人を、新入社員や中途社員などとは呼びたくない。その思いから「仲間」と言い続けています。新入仲間や中途仲間って、普通は使われない言葉なので、慣れるまでは大変なのですが。
末次:アミタでは、採用や入社という言葉は極力使わず「合流」と言っています。志を持った仲間と合流するのだと。だから新卒採用ではなく「新卒合流」。仲間のみんなも入社○年目ではなく、合流○年目と言っていますね。
出雲:素晴らしいですね!これはユーグレナ社でも真似をしたいです。
末次:アミタの社章は”カラーズ”というのですが、人の顔になっているんです。異なるカラー、多様な個性が集まって、ひとつの大きな個性をつくろう、そして同じ希望を目指していこう、という思いを込めています。
出雲:本当だ、これもとても素敵ですね!
ベンチャーが「0→1」を生み、政府や大企業が「1→100」へつなげる
末次:ユーグレナ社はたくさんのプロジェクトに挑んでいますが、これから出雲さんがやりたいこと、実現したいことはなんでしょうか?
出雲:バングラデシュとバングラデシュに避難しているロヒンギャ難民が抱える栄養問題をなくすこと、そしてバイオジェット燃料で飛行機を飛ばすことを当たり前にすること。この2つです。
末次:どちらも非常に難しいテーマですね。
出雲:私は、自分自身が起業後に苦労した経験を踏まえて「なぜこんなに大変なベンチャー企業がこの社会にあるのか」をずっと考えてきました。その結果、今では、0を1にするのがベンチャー企業の仕事であり、1を100にするのが大企業や政府の仕事だと考えています。これからのベンチャー企業の存在意義は、世界で最も困難な、誰からも無理だと思われているような領域で、最初の成功事例を作っていくことだと思っています。そしてこれこそが私のやりたいことでもあるんです。
末次:社会的ニーズに応えるために事業化し、取り組んでいく。誰もやろうとしない困難な問題に向かっていく。私たちも誰もやりたがらない生活から出るさまざまな資源の再生・再利用に挑戦し続けているので、とても勇気をいただきました。
出雲:ベンチャー企業の取り組みは、大きな可能性につながっていると思うんですよ。バングラデシュは現在でこそ成長速度がめまぐるしい国の1つになっていますが、元々は世界最貧国の1つで、いまだに貧困が強く残る国です。そこに着の身着のままで隣国ミャンマーから逃げてきたロヒンギャ難民の人は、誰がどう考えたって困っている人たち。国連もバングラデシュ政府もこの問題を解決できると思っていないかもしれません。でも彼らにユーグレナが入った栄養たっぷりの給食を届けていけば、いずれはロヒンギャ難民キャンプの栄養問題をゼロにできるかもしれない。これが実現できれば世界は驚くはずです。あの貧困国のバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプの栄養問題をどうやって解決したのか。世界中からその理由を調べに来て、ユーグレナの栄養価を知ってくれたら、南スーダンやソマリア、パキスタンなど他の地域にもどんどん広がっていくでしょう。
末次:ベンチャー企業の困難なチャレンジが1を生み、国連や多国籍企業が、どんどん1を100にするために動いてくれる流れにつながっていくと。
出雲:はい。バイジェット燃料についても同様です。日本は資源が乏しく、自然災害が多発する困難な国として知られています。その日本で航空機のバイオジェット燃料を作り、カーボンニュートラル社会を実現できたら、「資源の出ない日本で実現できるなら我が国でもできるはずだ」と考える国が増えていくはず。だから私は、世界で最も困難な場所で、誰からも無理だと思われているような領域の問題に取り組み、最初の成功事例を作ることで、ベンチャー企業としての使命を全うしたいんです。
末次:出雲さんの経営観や考え方は、より多くの人に知っていただきたいですね。経営のあり方もアップデートしていかなければならない今だからこそ、ユーグレナ社としてのイズムがもっともっと広がってほしいなと本気で感じました。
文/多田慎介