近年ニュースなどで頻繁に取り上げられるキーワード、ゼロエミッション。CO2を始め、廃棄物の排出をゼロにするというゼロエミッションの目標に対し、日本は具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。ゼロエミッションという言葉が生まれた背景や課題なども含めて解説していきます。
ゼロエミッションの意味と目的
ゼロエミッションは、「emission(=排出)」をゼロにする、つまり廃棄物をゼロにするという意味の言葉で、1994年に国連大学の学長顧問であったベルギー人の実業家、グンダー・パウリ氏により提唱されました。人為的な活動から発生する排出を限りなくゼロにすることを目指したこの理念は、大量の資源採取、大量生産、大量消費、大量廃棄に基づいた経済成長のパラダイムから、より持続的な社会経済システムへ移行することを掲げています。
ゼロエミッションが重視される背景とは?
この理念が提唱された当初は、ゼロエミッションは経済活動から排出されるあらゆる廃棄物に関する考え方でしたが、現在は脱炭素やカーボンニュートラルの文脈において使用されることがほとんどであり、これらと同義語のように使用されるようになっています。
これは、2015年のパリ協定で温室効果ガス削減の目標が採択され、それを受け日本政府も2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにすると宣言したことによる影響だと考えられます。国内外で温室効果ガスの排出抑制が喫緊の課題となっているのです。
パリ協定で世界共通の長期目標として掲げられたのは、以下のような内容です。
- 世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(2℃目標)
- 今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること
この目標を実現させるため、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」へ向けて様々な取り組みを行っています。
なぜCO2のゼロエミッションを目指すのか?
温室効果ガスの一種であるCO2は、気候変動の原因とされています。世界の平均気温は、1900年頃と比較すると約1.1℃上昇したと言われており、今後もさらなる気温上昇が予測され、これにより引き起こされる気象災害が世界中で懸念されています。このような災害と気候変動の問題の関係は解明されていないことも多く、諸説あるのが現状ではありますが、日本においても農林水産業や水資源、健康被害に至るまで、広く影響が出ると指摘されています。
温室効果ガスの多くは人間の経済活動によって排出されているため、企業活動だけでなく一人ひとりのライフスタイルの見直しが求められています。
日本のゼロエミッションの具体的な取り組みとは
CO2のゼロエミッション実現へ向け、2021年に環境省から地域の「脱炭素ロードマップ」が発表されました。国内の各地域で取り組むべき具体策と工程をまとめており、今後はこのロードマップに沿って自治体で計画・実行することが求められています。
「地域脱炭素ロードマップ」とは?
政府は2021年からの5年間を集中期間とし、少なくとも100か所の脱炭素先行地域を創出することや、以下の重点対策を各地で実施することで、「脱炭素ドミノ」を全国に広げていくことを掲げています。
<各自治体・事業者に求める8つの重点対策>
① 屋根置きなど自家消費型の太陽光発電
建物の屋根に太陽光パネルを設置し、屋内や電動自動車で自家消費するための太陽光発電を導入していきます。最近では自家消費型の太陽光発電は環境負荷などの課題が小さく、系統電力より安いケースも増えつつあります。また余剰が発生すれば、その地域内で有効利用することも可能であり、蓄エネ設備と組み合わせることで、災害時や悪天候時の非常用電源を確保することもできると考えられています。
具体的には、リース契約により初期投資ゼロの太陽光発電設備の導入や、駐車場を活用した太陽光発電付きカーポートの導入などが推奨されています。
② 地域共生・地域裨益型再エネの立地
農業や酪農などの一次産業と再生可能エネルギーの組み合せや、土地の有効活用、地元企業による施工、収益の地域への還元、災害時の電力供給など、地域の社会経済の利益となる再生可能エネルギーの開発立地を効率的に行っています。
具体的には、未利用地や耕作放棄地、ため池、廃棄物最終処分場などの有効活用や、都市部と農村部の連携による再生可能エネルギー開発などが推奨されています。
③ 公共施設など業務ビル等における徹底した省エネと再エネ電気調達と更新や改修時のZEB化誘導
庁舎や学校などの公共施設を始めとする業務ビルにおいて、省エネの徹底や電化を進めています。また、CO2排出係数が低い小売電気事業者と契約する「環境配慮契約」を実施し、再エネ設備や再エネ電気を共同入札やリバースオークション方式も活用しつつ、効率的に調達しています。あわせて、業務ビルの更新・改修に際しては、ZEB化を推進しています(ZEB:Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)。消費する一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物)。
④ 住宅・建築物の省エネ性能等の向上
地域の住宅や建築物の供給事業者が主役になって、家庭の冷暖房の省エネ(CO2 削減)と、住宅の断熱性などの省エネ性能や気密性の向上を図っています。
具体的には、自治体が事業者へ研修や認定をするなど、省エネ住宅施工の支援を行うことや、「省エネ改修アドバイザー」が地域住民に対して省エネを重視した住宅の改修を働きかけることなどが推奨されています。
⑤ ゼロカーボン・ドライブ(再エネ×EV/PHEV/FCV)
再エネ電力と、EV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド自動車)、FCV(燃料電池自動車)を活用する「ゼロカーボン・ドライブ」を普及させ、自動車による移動を脱炭素化しています。また、 動く蓄電池として定置用蓄電池を代替し、自家発再エネ比率を向上させることも推進しています。
具体的には、EVカーシェアリングの実施や、自律走行機能を搭載したEVバスの運行、タクシーへのEV導入などが推奨されています。
⑥ 資源循環の高度化を通じた循環経済への移行
プラスチック資源の分別収集や、食品ロス削減、食品リサイクル、家庭ごみ有料化を検討し、実施しています。また、有機廃棄物の地域資源としての活用や、廃棄物処理の広域化・集約的な処理を地域で実践しています。
具体的には、食べ残しゼロ推進店舗の認定制度や、食品の販売期限の延長、家庭の生ごみのバイオガス化などが推奨されています。
⑦ コンパクト・プラス・ネットワーク等による脱炭素型まちづくり
都市のコンパクト化や、ゆとりとにぎわいあるウォーカブルな空間の形成などによって、車中心から人中心の空間へ転換しています。また、これと連携した公共交通の脱炭素化と、さらなる利用促進も図ります。
具体的には、車道中心の駅前を歩行者中心の空間へと整備し、芝生化や緑化によって居心地のよい空間を創出することや、シェアサイクルを活用することなどが推奨されています。
⑧ 食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立
食料の調達から生産、加工・流通、消費のサプライチェーン全体において、環境負荷軽減や地域資源の最大活用、労働生産性の向上を図り、持続可能な食料システムを構築しています。
具体的には、堆肥の高品質化やペレット化の促進、堆肥による新たな肥料の生産、自給飼料の増産などが推奨されています。
このような8つの重点対策を各地域で行うとともに、政府はガイドライン策定や支援メカニズムを整備し、協力していく方針です。地域の特性に合わせ、全国で様々な取り組みが生まれることが期待されています。
企業のCO2ゼロエミッションの取り組みは?
事業活動により多くのCO2を排出する企業も、ゼロエミッションの取り組みが求められています。特に世界的にEVへのシフトが加速しており、日本でも各社開発に注力しています。
ゼロエミッション・ビークル(ゼロエミッション車)の普及
自動車産業では、これまでCO2の排出低減のために、主に燃費の向上に努めてきました。車体の軽量化やエンジンの高効率化などで、これらの技術は日々進歩しています。しかし、あくまでこれらはガソリンエンジンやディーゼルエンジンの自動車を前提としているため、CO2ゼロエミッションの要請へ応えるには、再生可能エネルギー由来の電力で走る電気自動車や、CO2の発生の伴わない方法で得た水素をエネルギー源とする水素自動車などの開発が求められています。また、政府は2035年までに乗用車新車発売における電動車の比率を100%とする目標を掲げており、EV普通充電器の設置を推進しています。
一方で、電気自動車を充電するための電力自体が化石燃料による火力発電がメインなことや、インフラ面の整備も含めると、EVシフトにはまだまだクリアしなければならない問題が山積している状況です。
企業の「ゼロエミ・チャレンジ事業」とは?
国内企業のゼロエミッションへの取り組みを促すねらいで、経済産業省は2021年10月、「ゼロエミ・チャレンジ企業リスト」を発表しました。これは経団連やNEDOなどと連携し、ゼロエミッションへ挑戦する企業を選定・リスト化したもの。認定した企業にゼロエミ・チャレンジ企業のロゴマークを与えるなどして、投資家への訴求を図っています。
ゼロエミ・チャレンジ企業として公表された企業には、以下があります。
株式会社タカキタ
明治45年創業のタカキタは、三重県を拠点とする農業機械の老舗メーカーです。同社と東京大学などが連携して行っている「畜産バイオガスシステムの自動化実証プロジェクト」が評価され、選定されました。畜産の過程で発生する残渣やバイオガスを、肥料や電力にする試みで、タカキタはこのプロジェクトで使用する機械の開発などで貢献しています。
川田工業株式会社
大正11年に富山県で創業した川田工業は、橋梁や建築鉄骨などの鋼構造事業を主とする建築業の老舗です。NEDOが採択したカーボンリサイクル技術開発事業が認められ、選定されました。川田工業は、CO2を還元することにより、化学品や燃料の原料として需要が見込まれているカーボン材料などを製造する技術開発を行っています。
株式会社SCREENファインテックソリューションズ
スクリーンは、テレビやスマートフォンなどのディスプレーを製造する装置を開発する京都の企業です。燃料電池の技術開発プロジェクトを評価され、選定されました。同社は燃料電池自動車などに必要な固体高分子形燃料電池の研究を行っています。
こちらで紹介した事業はほんの一例ですが、様々な分野の企業がCO2のゼロエミッションへ向けて研究開発に着手しています。今後どのようなプロジェクトから成果が生まれるか、各企業の動向に注目です。
ゼロエミッションの課題は?実現が難しい理由
世界中で加速するゼロエミッションへの取り組みですが、2050年カーボンニュートラルにはまだまだ課題も多いです。では、実現を困難にしている理由はどのようなものでしょうか。日本の現状から解説していきます。
電力源における課題
政府は脱炭素に向けて、2021年10月に「エネルギー基本計画」を閣議決定し、目標の電源構成について発表しています。その中で、CO2 排出の少ない再生可能エネルギーの主力電源化を徹底するとしていますが、その中でも様々な課題があります。
① 太陽光発電
まず最も期待される太陽光発電に関しては設置場所の確保という課題があります。日本はすでに、太陽光導入容量が国土面積当たり最大の主要国です。そのため、これまでのように導入を進めるだけでなく、新しい設置場所の開発も求められています。そこで、近年ではソーラーシェアリングが期待されています。ソーラーシェアリングとは、農地の上に高い台を置き、そこに太陽光パネルを設置する方法です。すでに多くの地域で始まっており、今後期待されている設置方法です。
また、導入はしているものの未稼働の電源も多いという課題もあります。それらを早期に稼働させるための政策も必要だと言われています。
② 風力発電
風力発電は、実際に設置するまでに長い年月が必要だという課題があります。立地の調査から運転まで、7年から9年かかるとされており、その期間の短縮をいかに行うかが重要です。そこで、風力発電の促進区域として特区を設け、指定の地域で事業者を公募するなど、様々な取り組みがされています。
③ 原子力発電
発表された電力構成比では、原子力発電の割合は20~22%とされていますが、2023年現在で稼働しているのは6発電所の10基のみに留まっており、目標達成は厳しい状況です。
④ LNG(液化天然ガス)
LNGは石炭火力よりCO2排出量は少ないですが、ゼロではありません。火力発電に依存している日本では、目標のように大幅にこれらの比率を低下させることで、電力の安定供給が困難になるのではないかと懸念されています。
以上のように、電源の確保についての問題は未だに解決策が模索されています。これまで同様のライフスタイルを維持することが前提となっていると、目標の電源構成は実現が困難ではないかという声もあります。
国民の意識の問題
政府や企業が脱炭素を現実的に取り組むためには、それらを選ぶ国民の意識が最も重要になります。国民がゼロエミッションを志向する政治家や企業を評価することで、社会が変化するからです。では、2050年脱炭素宣言に対して、国民の意識はどう変化したのでしょうか。
2020年に実施された「気候変動に関する世論調査」では、『炭素社会の実現に向けた取り組みをしたい』と回答した割合が9割を超えた一方、取り組むうえでの課題として以下のような回答が多く見られました。
・どのように取り組めばよいか情報が不足している
・どれだけの効果があるのかわからない
・経済的なコストがかかる
・日常生活の中で常に意識して行動するのが難しい
・手間がかかる
このように、環境問題への意識は高まる一方で、実際に行動に移すためのハードルが高いというのが現状です。日々の行動を変えるためには、上記の課題に対して各方面から働きかけていくことが必要でしょう。
まとめ
日本がCO2ゼロエミッションの目標を達成するためには、電力構成の問題や、EVシフトにおける課題、そしてそれらを選択する国民の意識の問題など、様々なクリアすべき問題があります。
このように、CO2のゼロエミッションへの道のりは遠いと言わざるを得ないのが現実ですが、世界ではこの流れは加速する一方です。不安定な国際情勢によるエネルギー問題が深刻化する中で、どれだけ日本が2050年脱炭素に近づけるか、国民の一つ一つの選択も大きな影響があります。ゼロエミッションへの情報を日々キャッチして、意識を高めていくことが求められています。
文/福光春菜