ユーグレナ社創業のきっかけとなった地、バングラデシュ。ユーグレナ社では、仲間※1がバングラデシュへ行き、現地事業の一部を実際に体験する研修訪問を2019年に開始しました。新型コロナウイルス感染症の影響により、約3年間実施できずにいましたが、ようやく2022年に再開することができました。
今回は2022年11月11日~15日に実施された3泊5日のバングラデシュ研修訪問についてお届けします。普段の業務では直接バングラデシュと関わることが少ない仲間が、現地で何を見て、聞き、話し、そして感じたのかをお届けします。
※1 ユーグレナグループでは、同じ志を持った社員のことを「仲間」と呼んでいます。
最終編では、バングラデシュの首都ダッカに戻り、「ユーグレナGENKIプログラム」の対象校を訪問しました。実際にユーグレナクッキーの配布活動を行ったり、子どもたちが暮らすスラム街を訪問しました。彼らは何を感じ、考えたのでしょうか。
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行程⑤:首都ダッカに向けて出発
「エクマットラアカデミー」の子どもたちとの楽しい時間もあっという間に終わり、別れの時間がやってきてしまいました。
別れ際には「次はいつ会えるの?」、「また来てね」、「またダッカ(バングラデシュの首都)で会おうね」とたくさん声をかけてくれ、バスが発進する際も名残惜しそうに子どもたちがバスを追いかけてくれました。(あやうく事故になりそうになり、先生たちが必死で子どもたちを止める場面もありましたが、) 子どもたちも楽しんでくれたのかなと思うと嬉しい気持ちになりました。「エクマットラアカデミー」への訪問を通して、子どもたちの前向きな姿勢とキラキラした目にすごく元気をもらいました。
幹線道路沿いのレストランでランチ
私は、日本の生活で普段バスや車に長時間乗ることがないこともあり、「帰りも5-6時間のバス移動は辛いな~」と内心思っていたところ、前方からサイレンが聞こえてきます。よく見ると、なんと、なんと!地元警察の方が私たちのバスを先導いただくVIP待遇!おかげで渋滞をかき分けて移動することができました。
小腹も空いてきたので、道中のレストランでランチを取ることに。
昨日のバングラデシュ入国から種類は異なるものの、3食全てカレーだったこともあり、サンドイッチやハンバーガーもあるレストランを選んでいただきました。そのご厚意に感謝しつつも、私はバングラデシュにいられるせっかくの貴重な機会なので、現地の料理であるチキンビリヤニをいただきました。ビリヤニは日本の料理で例えると混ぜご飯のことで、バングラデシュやインドなどその周辺国で広く親しまれています。家庭でビリヤニを手作りする場合は2-3時間ほどかかる手の込んだ料理のようです。
気になるお味は…んー、モジャ!(ベンガル語で「美味しい」という意味)
ランチ後はバスで再びダッカを目指します。同国の交通インフラはかなり脆弱で、通勤ラッシュ時のダッカ市内は慢性的な渋滞となっており、現在あちこちで高架橋やMRT(都市高速鉄道)の建設が進められているそうです。
現地でビックリしたのは、滞在期間中に見た信号機の少なさです。往復で10時間弱のバス移動の間に私が信号機を見たのはたった数か所だけでした。信号機が圧倒的に少ないのは、恐らくバングラデシュの電力供給が不安定なため、例え設置しても停電時に使用不可になるリスクがあることが要因の一つなのかなと思いました。
車間距離も日本では考えられないような距離感で、バス、自動車、バイクが常にギリギリの距離まで詰めて走っていて、軽度の物損事故も数回見かけました。(基本的に公共バスの側面は擦った跡があった)
行程⑥:バングラデシュ日本人界隈の母に会う
「エクマットラアカデミー」から首都ダッカに戻った後、その日の夜はダッカ市内にある日本食レストランの「和の心ながさき」で食事をいただきました。田中千鶴(たなか・ちづる)さんというマダムが経営されているお店で、雰囲気は日本の地方出張に行ったかのような気分になりました。前日からほぼカレーで少しお疲れ気味の胃にとって沁みるものが・・・!千鶴さんは、同国にいる日本人全員の母のような存在で、ハードな環境下で働いている日本人駐在員の精神的な支えになっています。厳しくもとても愛のある方だとお話を通して感じました。
行程⑦:ユーグレナクッキーを配りにGENKIプログラムの対象校へ訪問!
翌日はGloria Jeansというオーストラリア発祥のオシャレなカフェで朝食を取りました。価格は日本のカフェと同じくらいで、新たなバングラデシュを垣間見ることができました。
そして、この日は社長の出雲も合流でき、入国から昨夜までのことについて話に花を咲かせ、ともに朝食を楽しみました。
この日はユーグレナGENKIプログラムで配布しているユーグレナクッキーを実際に配布するために、対象校の小学校2校を訪問しました。
1校目はダッカのスラム街にあるCity Colony校。まず驚いたのは、日本の学校のような校舎といったものはなく、トタン板がメインに使われている建物の中で子どもたちが勉強していたのです。夏はとても暑いだけでなく、屋根は所々に穴があり、雨が降ると雨漏りするような環境でした。色々話を聞いていくと、バングラデシュでは、日本のように社会全体で義務教育制度が定着していないため、例えば6年生くらいの子が4年生のクラスで学んでいるケースも見られました。また、学校全体的に体の小さな子が多く、日頃から栄養のある食事が摂れていないことが容易に想像できると同時に、GENKIプログラムの意義を改めて感じました。
ユーグレナクッキーを配る前に子どもたちと交流する時間があり、「何味のクッキーが好き?」と聞くと、圧倒的に「ミルク!」と答える子が多く(機会があれば私もミルク味を食べてみたいです!) 、他にも「好きな教科は?」と聞くと、「英語!」とのこと。過酷な環境下で勉強をする子どもたちですが、私の幼少期よりも学びたい気持ちが強いように感じました。
スラム街のお家を訪問
その後、スラム街にあるお家を訪問し、どのような生活をしているか話を聞く機会をいただきました。間取りはCity Colony校と同じような作りになっていて、全部で10畳ないスペースに大きめのベッドが2つあり、家族5人で生活をしていました。仕事は、お父さんがリキシャ(日本でいうタクシー)のドライバーで、娘さんが縫製工場で勤務されているとのこと。娘さんが就職するまでは、お父さんの月収が日本円で13,000円※2ほどに対して、家賃だけで半分以上かかっていたため生活が苦しかったようですが、娘さんの就職が決まってからは生活が少し楽になったと話を伺いました。
自身の日本での生活がいかに恵まれているかを改めて再認識することができ、また、プライベートな空間を見せてくださったご家族の皆さんに心から感謝します。
※2 ダッカの平均月収は 26,000タカ(36,400円)(Time Doctor)
2校目のGENKIプログラム対象校を訪問
2校目はBauniabad Alimマドラシャ校を訪問しました。こちらの学校はバングラデシュの主な宗教であるイスラム教をベースにした学習カリキュラムが組まれているそうです。普段、海外からの訪問がないのか、どのクラスに行っても熱烈な歓迎を受けました。時間の関係上、当初は数クラスだけ訪問する予定だったのですが、先生、生徒全員に「私のクラスにも来て~」と熱烈ウェルカムを受けたため、ほぼ全クラスを回って直接ユーグレナクッキーを渡し、交流することができました。
子どもたちも、日本や日本人について興味津々で「日本について教えて!」、「日本の学校はどんな感じ?」、「日本の国歌を歌って!」などなど、恥ずかしそうにしながらもたくさん質問してくれました。
格差を目の当たりにする
学校訪問で浮かれ気分になった私たちは、近くのピザレストランでランチを取ることにしました。値段は、日本より少し安いくらいで、店内にはオシャレな若者がたくさん来ていました。ピザはとても美味しかったのですが、先ほどの学校から自転車でも移動できるくらいの距離に全く生活水準が異なる人が生活していることに正直驚きを隠せませんでした。
Aarong(アーロン – バングラデシュの雑貨屋)
旅も終わりに近づいてきたところで、お土産を買いにアーロンに行きました。アーロンは生活雑貨、アパレル、食品など幅広い商品を提供しており、日本のブランドに例えると無印良品のような感じでしょうか。実はこのブランドは、BRACというNGO団体が運営していて、現在は国内のみで約25店舗を構えているだけでなく、ソーシャルビジネスの成功例とも言える存在になっているのです。
品質もとてもよく私は石鹸やストール、半袖シャツを購入しました。
行程⑧:最後の晩餐
旅の最後はグラミンユーグレナの仲間と一緒にインド料理店で夕食会を開いていただきました。印象的だったのは仲間の一人が、「お互い日本語、ベンガル語(バングラデシュの公用語)は分からないが、私たちが通じ合うのに言葉は必要なかった」と言ってくれたことです。(涙、涙、涙・・・!)
同じ志を持った「仲間」なら国境や言葉の壁を越えても通じ合えるということを感じさせてくれました。
旅を振り返って
今回、ユーグレナ社創業のきっかけとなったバングラデシュを訪れることで、SDGsやユーグレナ・フィロソフィー「Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)」を掲げる会社の事業についてより身近に感じることができ、私たちの日々の仕事が回り回ってバングラデシュの子どもたちを笑顔にすることを体感し、誇らしい気持ちになりました。また、現地滞在期間中は1人も体調を崩したり、大きなトラブルになることもなく、改めて今回の研修訪問でお世話になった関係者の方々に感謝します。