最近、カーボン○○という言葉をよく耳にするようになりました。カーボンとは、元素のひとつ「炭素(元素記号:C)」のことを指しますが、カーボン○○という言葉においては、温室効果ガスの一種である二酸化炭素のことを意味します。
カーボン○○という言葉の中には、カーボンフリー、ゼロカーボン、カーボンゼロ、カーボンフットプリント、カーボンプライシングなど、脱炭素に向けた、さまざまな言葉があります。その中でも今回は、「カーボンニュートラル」、「カーボンオフセット」、「カーボンリサイクル」、「カーボンネガティブ」の4つの言葉の意味やそれぞれの違い、取り組み事例について解説します。

カーボンニュートラルとは

カーボンニュートラルとは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質ゼロの状態にすることです。排出量をゼロの状態にするのではなく、排出量と吸収量を差し引いた際にゼロの状態になっていることを指します。

カーボンニュートラルの考え方

カーボンニュートラルの考え方は、排出してしまった分の温室効果ガスを吸収・除去することで、実質的な排出量をゼロにするというものです。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスは、日常生活や経済活動において日々排出され続けています。

【温室効果ガスの種類と発生原因】
・二酸化炭素:燃料や物質の燃焼などにより発生
・メタン:廃棄物焼却や排水処理、家畜のゲップなどにより発生
・一酸化二窒素:窒素肥料の使用などにより発生
・フロンガス:半導体や絶縁体の製造などにより発生

理想はこれらの温室効果ガスの排出量を完全にゼロにすることですが、極めて難しいのが現実です。そのため、排出量を削減し、吸収量を増やすことが、カーボンニュートラルの実現のための大きなテーマとなっています。カーボンニュートラルの考え方が広まった背景には、深刻化する気候変動問題があります。世界的に気温の上昇は続いており、気候変動に伴う自然災害のリスクも増加の一途をたどっています。しかし経済成長が進むにつれて、温室効果ガス排出量は増加する一方です。
このような状況を打破するため、2015年にパリ協定が結ばれました。パリ協定では、気候変動対策のための目標が立てられており、批准した国々はこの目標のために、自国での目標を打ち出しています。

パリ協定の中でも重要な目標とされているのが、世界の平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より低く保ち、1.5℃に抑える努力をする、というものです。この目標を達成するためには、2050年までにカーボンニュートラルの実現が必要だと言われています。つまり、カーボンニュートラルの実現は気候変動対策において重要な役割を担っているのです。

近年、カーボンニュートラルの実現は世界的な取り組みとなっており、120カ国以上の国・地域が2050年までのカーボンニュートラルの実現を目指しています。日本でも2020年10月に2050年までにカーボンニュートラルを実現することを表明しました。 この実現のため、日本では地域脱炭素ロードマップの策定や、改正地球温暖化対策推進法の制定を行い、国を挙げて脱炭素に向けた取り組みを行っています。
カーボンニュートラル実現のための取り組みには、下記のようなものが挙げられます。

【カーボンニュートラル実現のための取り組み例】
・太陽光発電などの再生可能エネルギーの利用拡大
・省エネルギーの推進
・森林保全や植林
・リサイクルの推進や廃棄物の削減

安定したエネルギーの確保や、温室効果ガス削減のための技術開発・コスト削減など、カーボンニュートラルの実現にはまだまだ多くの課題が残っているのが現状です。しかしカーボンニュートラル実現に向けた取り組みは、広がりを見せています。世界の気候変動問題への対策のためには、国や地域、企業、個人のそれぞれが、できることに取り組んでいく必要があるでしょう。

カーボンニュートラルの具体例

◆ ユーグレナ社
ユーグレナ社では、使用済み食用油や藻類などの生物資源(バイオマス)を原料としたバイオ燃料「サステオ」の製造・開発に取り組んでいます。バイオ燃料の原料となる生物資源は、そのライフサイクルにおいて、光合成により大気中の二酸化炭素を吸収しています。バイオ燃料となったあと、燃焼によって大気中に放出される二酸化炭素は、もともと大気中から取り込んでいた二酸化炭素を放出しただけと考えることができます。そのため、バイオ燃料の製造から使用において、新たに排出される二酸化炭素を増やすことをなくす可能性があります。
バイオ燃料は二酸化炭素排出量と吸収量を差し引きゼロとすることができる、カーボンニュートラルの考えに基づく取り組みであるといえます。ユーグレナ社ではバイオジェット燃料(SAF)やバイオディーゼル燃料として、サステオの導入を進めており、今後の利用拡大も期待されています。

◆ 三井不動産
三井不動産では、2030年度までにグループ全体の温室効果ガス排出量を2019年度比40%削減し、2050年度までにネットゼロにすることを目標に掲げています。この目標を達成するため、三井不動産では物件の省エネ性能の向上や再生可能エネルギーの利用拡大、建築時の二酸化炭素排出量削減などの取り組みを行っています。
また社内制度である「インターナルカーボンプライシング」によって、二酸化炭素排出量に価格付けを行い定量化する取り組みも行っています。これにより二酸化炭素排出量削減の状況を可視化し、脱炭素への意識向上や取り組みの活性化を図っているのです。

カーボンオフセットとは

カーボンオフセットとは、削減しきれなかった温室効果ガス排出量を、別の形で埋め合わせることです。カーボンオフセットはアメリカやヨーロッパでの取り組みが盛んであり、日本でも広がりを見せています。

カーボンオフセットの考え方

カーボンオフセットの仕組みは、温室効果ガスの排出量を差し引く(オフセットする)というものです。カーボンオフセットでは、二酸化炭素の削減量や吸収量を目に見える形で定量化し、「クレジット」と呼ばれる形態にすることで、市場での取引を可能にしています。クレジット購入のために支払われたお金は、温室効果ガス削減のための技術開発や森林保護などに使用されます。

日本では国が二酸化炭素排出削減量や吸収量をクレジットとして認証する、J-クレジット制度が設けられています。また、日本はカーボン・オフセットガイドラインを策定しており、カーボンオフセットの取り組みを主に5つに分類しています。

◆ カーボンオフセットの取り組み分類
・オフセット製品、サービス:製品の製造・販売元やサービスの提供者が製品・サービスのライフサイクルで排出される温室効果ガスを埋め合わせる
・会議、イベントのオフセット:会議やイベントの主催者が開催によって排出される温室効果ガスを埋め合わせる
・自己活動オフセット:企業が事業活動によって排出する温室効果ガスを埋め合わせる
・クレジット付製品、サービス:製品の製造・販売元やサービスの提供者、イベントの主催者が、販売する製品やサービス、チケットにクレジットを付与し、それらの利用に伴う温室効果ガスを埋め合わせる
・寄付型オフセット:製品の製造・販売元やサービスの提供者、イベントの主催者が、消費者の参加を募りながら、クレジットを活用した地球温暖化防止活動への資金提供などを行う

カーボンオフセットのメリットは誰でも使用することができ、温室効果ガス削減へ向けた取り組みのさらなる拡大にもつながることです。また自ら削減できる量以上の二酸化炭素排出量削減が可能になるという点もメリットとして挙げられます。
一方で、カーボンオフセットには課題点もあります。カーボンオフセットの仕組みを利用することで、排出される温室効果ガスを埋め合わせることはできますが、それ自体は実質的な排出量削減には繋がらないのです。オフセットに頼ることによって、排出量削減へ向けた動きが停滞してしまうという批判もあります。
カーボンオフセットはあくまでも自ら排出量削減を行った上で、削減しきれなかった分の埋め合わせ(オフセット)を行うことが重要になるのです。

カーボンオフセットの具体例

◆ ローソン
ローソンでは商品やサービスを通じて二酸化炭素排出量削減を実現する取り組みとして、「CO2オフセット運動」を行っています。
この運動では、ローソンを利用する個人が簡単に二酸化炭素排出量をオフセットできる制度やサービスを複数展開しています。実際に導入されている制度・サービスの例としては、一口50ポイントで20㎏の二酸化炭素をオフセットできる制度や、二酸化炭素排出権がついた商品の販売、「Loppi」端末からクレジットの購入ができるサービスなどが挙げられます。
ローソンのこの取り組みでは、2008年4月~2013年12月の延べ参加人数が2,600万人を超えるなど、より多くの個人がカーボンオフセットに触れるきっかけとなっています。

◆ 株式会社イトーキ
株式会社イトーキでは、自社製品であるnonaチェアのカーボンオフセットプロジェクト「nona for all」を実施しています。
このプロジェクトはnonaチェアの原材料の調達から廃棄・リサイクルまでの一連のプロセスにおける温室効果ガス排出量の100%をオフセットするというものです。オフセットにあたってはインドネシアの泥炭湿地林保全・回復プロジェクトの排出権を使用しています。株式会社イトーキでは、この他にもカーボンオフセットサービスを展開しており、排出権の仲介事業者としての取り組みも行っています。

カーボンニュートラルとカーボンオフセットの違い

カーボンオフセットが排出する温室効果ガスをクレジット購入によって埋め合わせる仕組みであるのに対し、カーボンニュートラルは温室効果ガスの排出量と削減・吸収量を差し引きゼロにする考え方です。
カーボンオフセットが埋め合わせる量の指定がないのに対し、カーボンニュートラルでは排出する量と同じ量の吸収・削減が求められます。つまりカーボンニュートラルの実現においては、自らが排出する温室効果ガスのすべてを埋め合わせる必要があるのです。そのためカーボンニュートラルは、カーボンオフセットよりも一歩進んだ考え方であると言えます。

カーボンリサイクルとは

カーボンリサイクルとは、二酸化炭素を資源として、様々な炭素化合物に再利用(リサイクル)することを指します。カーボンリサイクルを推進することで、大気中の二酸化炭素量の削減につながるため、近年ではカーボンリサイクルの普及に向けた技術開発が進んでいます。

カーボンリサイクルの考え方

カーボンリサイクルでは、火力発電や化学製品の製造によって排出される二酸化炭素を資源として、化学製品や燃料、鉱物を製造しています。

【カーボンリサイクルにおける再利用の例】
・化学製品:ポリカーボネートやウレタンなど
・燃料:合成燃料やバイオ燃料、ガス燃料など
・鉱物:コンクリートやセメントなど
・その他:ネガティブ・エミッション

日本においては、2019年に資源エネルギー庁にカーボンリサイクル室が設置され、技術開発の促進に向けた「カーボンリサイクルの技術ロードマップ」が策定されました。温室効果ガス排出量削減への取り組みは世界的に広がっていますが、今後排出される量を削減するのみでは、近年既に増加の一途をたどっている大気中の温室効果ガスの削減まではできません。カーボンリサイクルが普及することは、将来的に温室効果ガス排出量削減以上の役割を担う可能性があるのです。

カーボンリサイクルの普及には、大気中の二酸化炭素を回収・分離するためのコスト削減が大きな課題となっています。また再利用を行う際に新たに二酸化炭素を排出してしまう点も、今後解決していくべき課題の一つです。現在は再利用の範囲が限られていますが、再利用先や規模の拡大に向けた技術革新に期待の集まる分野となっています。

カーボンリサイクルの具体例

◆ 東芝
東芝では「P2C(Power to Chemicals)」に注力し、再生可能エネルギーを使って二酸化炭素を電気分解する「CO₂電解装置」の実用化を目指しています。
二酸化炭素を電気分解して生産した一酸化炭素は、アルコールやジェット燃料の原料として使用可能です。東芝ではCO₂電解装置の技術開発とあわせて、商用化に向けたサプライチェーンの構築にも力を入れています。

◆ 三菱ケミカル
三菱ケミカルでは太陽光エネルギーを用いた人工光合成の技術開発を行っています。
人工光合成とは、水を水素と酸素に分離し、水素と二酸化炭素を反応させることによって、プラスチックなどの原料となるオレフィンを作り出すプロセスを指します。人工光合成プロジェクトには、経済産業省や多くの研究機関、企業も参画しており、国を挙げての一大プロジェクトとなっています。

カーボンニュートラルとカーボンリサイクルの違い

カーボンニュートラルが目指す状態であるのに対し、カーボンリサイクルはカーボンニュートラルを実現するための手段の一つと言えます。
カーボンニュートラルの実現において、温室効果ガスの排出量そのものを完全にゼロにすることは難しいとされています。そのため、排出してしまった温室効果ガスを回収・除去することも重要なポイントです。温室効果ガスの回収・除去において、大気中の二酸化炭素を再利用するカーボンリサイクルの技術向上は、重要な役割を担っています。

カーボンネガティブとは

カーボンネガティブとは、経済活動による温室効果ガス排出量よりも、除去・吸収される温室効果ガスの量が多い状態を意味します。一部の企業ではカーボンネガティブと同様の意味でカーボンポジティブという言葉を用いています。カーボンネガティブは除去、カーボンポジティブは吸収を重視しているのが特徴です。

カーボンネガティブの考え方

カーボンネガティブは、実質ゼロを目指すカーボンニュートラルの一歩先を行く考え方です。
カーボンネガティブの実現には、森林保護や植林、カーボンリサイクルの推進などによって温室効果ガスの吸収・除去量を増やすこと、再生可能エネルギーの利用や排気ガスの削減などによって排出量を削減していくことの両方が求められます。これはカーボンニュートラルの考え方と同様ですが、カーボンネガティブの実現においては、温室効果ガスの吸収・除去をどのように拡大していくかが鍵を握っています。

カーボンネガティブの考え方が広まるようになった背景には、パリ協定で気候変動問題解決のために掲げられた目標があります。「世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて1.5℃に抑える」という目標のためには、2030年までに温室効果ガスの排出量を2010年比で45%削減する必要があるとされています。
これから排出される温室効果ガスを削減するだけでは、この目標を達成することはできません。排出量を上回る温室効果ガスを除去・吸収することによって、大気中の温室効果ガスを削減していくことが求められているのです。

近年では、多くの企業がカーボンネガティブへの取り組みを表明していますが、カーボンネガティブを打ち出す企業が実際に達成できるのかについては、まだ課題が多く残る状態です。しかしブータン・スリナム・タスマニア島の三つの国や地域では、既にカーボンネガティブの状態を実現しています。今後の取り組みの中で、追従する国や地域は増えていくでしょう。

カーボンネガティブの具体例

◆ マイクロソフト
マイクロソフトはカーボンネガティブの考え方が広がるきっかけとなった企業です。
マイクロソフトは2030年までにカーボンネガティブを実現し、2050年までに1975年の創業時から排出してきた二酸化炭素を取り除くことを目標としています。この目標を実現するため、マイクロソフトは二酸化炭素の削減・除去技術への投資や、事業活動によって生じる廃棄物をゼロにするための取り組み、再生可能エネルギーへの移行などに取り組んでいます。

◆ 花王
花王では2040年にカーボンゼロ、2050年にカーボンネガティブを実現することを目標としています。
これらの目標の達成のために取り組んでいるのが、「リデュースイノベーション」と「リサイクルイノベーション」です。また2019年4月にはESG戦略として「Kirei Lifestyle Plan」(キレイライフスタイルプラン)を策定。脱炭素の実現に向けて19の取り組みテーマを設定し、100%再生可能エネルギー化などに取り組んでいます。

カーボンニュートラルとカーボンネガティブの違い

カーボンニュートラルとカーボンネガティブは、どちらも温室効果ガス排出量を削減し、吸収・除去を進めていく考えであることに変わりはありません。
しかし、カーボンニュートラルが目指す「実質ゼロ」は金銭の支払いによるオフセットによっても実現可能なものとなっており、実際にオフセットの手段が取られる場合も多くなっています。一方で、カーボンネガティブは排出量を上回る除去・吸収を目指すものです。つまり、カーボンネガティブはカーボンニュートラルよりも温室効果ガスの除去・吸収に積極的な考え方であるということができます。
そのため、ただオフセットを行うだけでは、「実質ゼロ」以上の状態を目指すカーボンネガティブを実現することは難しいでしょう。

まとめ

「カーボンニュートラル」、「カーボンオフセット」、「カーボンリサイクル」、「カーボンネガティブ」の4つの言葉について解説しました。
事業活動においてこれらの仕組み・目標を導入する企業も増えており、社会的な注目度も高まっています。気候変動が深刻化する中で、脱炭素は世界的な課題です。この課題解決のためには、各企業、そして一人一人の取り組みが今後より重要となってくるでしょう。