ウェルビーイング(well-being)とは
ウェルビーイング(Well-being)とは、「幸福」「健康」といった言葉に翻訳されることの多い言葉で、元々は医療や福祉といった現場でよく用いられていました。しかし近年では、ウェルビーイングはビジネスなどの場でも、広く用いられるようになってきています。
ウェルビーイングの意味・概要
ウェルビーイングの由来となっているのは、世界保健機関(WHO)憲章の前文に記された、「健康」の定義です。
「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。」
引用元:日本WHO協会
また日本においては厚生労働省が、ウェルビーイングを「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」であると定義しています。
ウェルビーイングの実現において重要な点は、ただ身体的に健康な状態であれば良いというわけではないということです。精神的・社会的に良好な状態であって初めて、ウェルビーイングであるということができるのです。
ポジティブ心理学を提唱するマーティン・セリグマンは、自身の開発したPERMAモデルを元に、ウェルビーイングには5つの領域が関わっているとしています。
【ウェルビーイングに関わる5つの領域】
・Positive Emotion:嬉しいや楽しいなどのポジティブな感情を持つこと
・Engagement:時間を忘れて何かに没頭すること
・Relationship:他者との良い関係を築くこと
・Meaning:自分が生きていく意味を自覚すること
・Accomplishment:なにかを達成すること
セリグマンはウェルビーイングの実現において、瞬間的な幸福ではなく、持続的に幸福な状態であることが重要であるとしています。また世界幸福度ランキングなどの調査を行っているアメリカのギャラップ社は、ウェルビーイングを下記の5つの要素に定義しています。
【ウェルビーイングの5つの要素】
・キャリア ウェルビーイング(Career Well-being):自身のキャリア・仕事における幸福
・ソーシャル ウェルビーイング(Social Well-being):信頼や愛情のある人間関係を構築することによる幸福
・ファイナンシャル ウェルビーイング(Financial Well-being):報酬を得てそれを自己管理・運用することで得られる幸福
・フィジカル ウェルビーイング(Physical well-being):身体的・精神的に健康であり不自由のない状態であることで得られる幸福
・コミュニティ ウェルビーイング(Community well-being):家族や地域といったコミュニティへ帰属することによって得られる幸福
これらの内容からも、ウェルビーイングには精神的・社会的な充足が必要不可欠であることがわかります。
また、ウェルビーイングと似た意味を持った言葉に、ウェルフェア(welfare)があります。ウェルフェアは「福利厚生」といった意味合いで使用されることが多い言葉です。ウェルビーイングは「このような状態を目指すべき」という目的の意味合いで使われ、ウェルフェアはウェルビーイングを実現するための手段や方法といった意味合いで使われます。
ウェルビーイングという言葉が生まれた背景
ウェルビーイングという言葉が生まれた背景には、世界的に経済成長が進む中で生じた、所得の不平等や過労死といった問題の深刻化があります。これまで国の経済を測る指標としては、GDP(国内総生産)が用いられてきました。しかし、物質的な豊かさを測る指標であるGDPでは、生活の豊かさや幸福度を測ることはできません。その結果、GDPの成長と国民の幸福度の間に大きなギャップが生じることになってしまったのです。
このような状況の中で、GDPのみを指標とした経済成長を疑問視する声が生まれ、人々の幸福に焦点が当たるようになりました。よって、GDPに代わる新たな指標としてウェルビーイングという言葉が生まれたのです。
ウェルビーイングと健康経営の違い
日本において、ウェルビーイングに先んじて注目されてきたのが、「健康経営」という言葉です。経済産業省は健康経営の定義を下記のように定めています。
「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。
引用元:経済産業省
経済産業省は、健康経営銘柄や健康経営優良法人といった顕彰制度を通じて、健康経営に取り組む企業を「見える化」しています。これらの顕彰制度の認定要件は、健康診断の受診やワークライフバランスの推進、生活習慣の改善など、心身の健康にフォーカスしているのが特徴です。
一方でウェルビーイングでは心身の健康だけではなく、社会的な充足も重要になってきます。つまりウェルビーイングは、健康経営の一歩先の取り組みということができます。
なぜ今ウェルビーイングが注目されているのか
近年ウェルビーイングが注目されるようになってきた背景には、労働環境の改善や社会を取り巻く価値観の変化、未来へ向けた世界的な取り組みの影響があります。
働き方改革
「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や、「育児・介護との両立などの働く人々のニーズの多様化」といった状況に対応するべく、日本では2019年4月に働き方改革が始まりました。働き方改革では、生産性の向上や就業機会の拡大、意欲・能力を存分に発揮できる環境作りによって、これらの課題に対応し、一人ひとりが多様な働き方を選択できる社会を目指しています。
厚生労働省が提示する働き方改革の目標に「働く人、一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指します」とあるように、働き方改革が目指すのは単なる労働環境の改善ではありません。ウェルビーイングの定義として挙げられる精神的・社会的な充足も、働き方改革の実現には必要となってきます。
また新型コロナウイルス感染症の拡大により、リモートワークの普及や自宅で過ごす時間の増加など、働き方・生活にも大きな変化が起こりました。これにより、企業だけではなく働く個人も、健康や働き方への関心が高まり、ウェルビーイングに注目が集まることとなったのです。
ダイバーシティ&インクルージョンの浸透
近年企業において、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方が浸透するようになってきました。
ダイバーシティ(Diversity)は「多様性」、インクルージョン(Inclusion)は「受容」を意味する言葉です。ダイバーシティの取り組みとして、企業では性別や国籍、文化、学歴など様々な属性を持った人材の活用が進められています。またインクルージョンの考え方が目指すところは、働く人々の個性や違いを受け入れることで、すべての人が組織へ参画し、個々の強みを活かして活躍することです。
多様な人材が活躍する社会においては、ワークライフバランスの推進や柔軟な働き方ができる組織体制の確立といった、労働環境の整備が重要となってきます。ダイバーシティ&インクルージョンをより浸透させていくためにも、企業がウェルビーイングに取り組むことが必要不可欠なのです。
SDGs目標:3「すべての人に健康と福祉を」
2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)は、持続可能なよりよい世界を目指すために策定された、国際的な目標です。
SDGsで定められた17のゴールの中には、「すべての人に健康と福祉を」という項目が含まれています。「誰一人取り残さない」という考えのもと、ウェルビーイングの実現に取り組むことが、次の世代へより良い形でつないでいくための世界共通の課題となっているのです。
このように国際的に取り組むべき目標として健康や福祉が掲げられていることも、ウェルビーイングが注目を集めるようになった理由の一つと言えます。
多様性の尊重
近年では価値観の変化が急速に進んでおり、多様な価値感やバックグラウンドを持った人々がともに働くようになりました。そのため企業では、それぞれの持つ価値観を認め、多様性を尊重することが重要になってきています。性別や国籍などの属性によらず、働くすべての人が実力を発揮し活躍することは、新たなビジネスアイデアやイノベーションの可能性にもつながります。
多様な価値観を持つすべての人が、ウェルビーイングな状態で働くことができる環境は、企業活動を活性化するための土台であるということができるでしょう。
企業がウェルビーイングに取り組むメリット
企業がウェルビーイングに取り組むことは、働く従業員・企業の双方に大きなメリットがあります。また企業ブランディングの観点でも、ウェルビーイングの取り組みは大きな意味を持っています。
健康経営の促進
健康経営の実現のため企業に求められる取り組みは、ウェルビーイングとも重なる部分が多いのが特徴です。多様な働き方の実現や健康の増進に向けた取り組みといった項目は、健康経営銘柄や健康経営優良法人の認定要件にも含まれています。
そのため企業がウェルビーイングに取り組むということは、同時に健康経営を促進することにもつながるのです。
職場環境の改善
ウェルビーイングの実現には、働く環境の改善が必要不可欠です。職場環境の改善は、働く従業員のモチベーションを高めることにも繋がり、労働生産性の向上も期待することができます。
従業員一人ひとりの労働生産性が向上することは、会社業績の向上にもつながるため、ウェルビーイングの取り組みは従業員と企業の双方にとってメリットとなります。
離職率の低下
心身ともに健康に、充実した状態で働くことができる企業は、従業員の不満が少なくなり、離職率の低下にもつながります。一般的に、会社員の主な退職理由として挙げられることが多いのは、人間関係や労働環境、給与などです。
企業がウェルビーイングに取り組み、働く環境や社内制度、コミュニケーションなどの改善を進めていくことで、これらの課題へ複合的に対処することができます。ウェルビーイングの取り組みは従業員の企業への帰属意識を高めることにもつながり、その結果企業への定着を推進することができるのです。
離職率が低下すると、長期的な人材育成や組織体制の構築が進み、企業全体の力を底上げすることができます。また低い離職率を実現することは、対外的にも長期的に勤められる環境が整っていることがわかり、魅力的な企業であることの大きなアピールとなるでしょう。
人材確保
少子高齢化社会が進む中で、人材確保は今後企業の大きな課題となってきます。また終身雇用の考え方が希薄となった昨今では、よりよい環境を求め、転職という選択肢をとることも珍しくなくなっています。
このように人材が少なく、流動的な社会情勢の中で、企業が優秀な人材を確保していくためには、働く人々から選ばれる企業である必要があります。企業がウェルビーイングに取り組み、それを発信していくことは、企業の魅力を高め、選ばれる企業となることにもつながっていくのです。
ウェルビーイング実現のために企業が取り組むべきこと
企業がウェルビーイングを実現していくためには、社内制度の見直しだけではなく、組織風土の醸成や取り組みに対する効果測定など、幅広い取り組みが重要になってきます。
労働環境の改善・見直し
ウェルビーイングの実現においてまず重要となってくるのが、従業員が働く環境の改善です。労働環境の改善を行うことによって、従業員のモチベーションが高まるだけではなく、高いパフォーマンスで業務を推進することが可能になります。
【労働環境の改善例】
・長時間労働の是正
・個々人の状況にあわせた柔軟な働き方の実現(フレックスタイム制やテレワークなど)
・女性や高齢者なども活躍できる環境の整備
・雇用形態によらない同一労働同一賃金の実現
・有給休暇取得の推進
労働者を取り巻く環境は常に変化しており、ライフスタイルも多様化しています。そのため労働環境の改善においては、従業員のニーズを正確に捉え、適切な制度を打ち出すことが重要です。
コミュニケーションの向上
ウェルビーイングの要素として人間関係の構築が挙げられているように、コミュニケーションもウェルビーイングの実現においては重要です。コミュニケーションが活発になると、業務の円滑な進行や、職場内での良好な人間関係の構築を行うことができます。
【コミュニケーション向上のための取り組みの例】
・チャットツールやSNSの導入
・サンクスカードの導入
・休憩スペースの設置
・社内イベントの実施
これらの制度を導入することで、普段の業務では接することのない従業員同士のコミュニケーションも活性化します。それにより、会社への帰属意識も高まっていくでしょう。
福利厚生の充実
法定の福利厚生である社会保険料の負担はもちろんのこと、法定外の福利厚生制度の充実も、ウェルビーイングの実現には重要です。福利厚生制度の充実においては、金銭的な補助を行う制度だけではなく、プライベートの充実やコミュニケーションの活性化に関わる制度も候補となります。これらの制度を活用することで、従業員の満足度や生産性を向上することが可能です。
【福利厚生制度の例】
・スポーツクラブなどの利用補助
・リフレッシュ施設の利用補助
・育児休暇や介護休暇の導入
・人間ドックの利用補助
・家賃や住宅ローンの補助
福利厚生の充実においては、ただ制度を導入するだけでなく、取得しやすい仕組みづくりによって、実際に従業員に利用してもらうことが重要です。そのため手続きの簡素化や、実際の利用状況の確認を行いながら、制度のこまめな見直しを実施する必要があります。
ウェルビーイングの実現度をアンケート
ウェルビーイングの取り組みにおいては、ただ制度の導入や環境改善を進めるだけではなく、その効果を確認・分析することも必要です。現状の課題点を把握し、次の取り組みへとつなげていくことで、ウェルビーイングの実現度は向上していきます。
【ウェルビーイングの実現度を確認する方法の例】
・定期的なアンケートの実施
・従業員同士の相互評価
・健康診断やストレスチェックなどのデータの活用
ウェルビーイングの取り組みは長期的に継続することで、効果が現れます。そのためこれらの調査を取り入れ、改善を行いながら取り組みを継続することが、ウェルビーイングの実現においては重要です。
ウェルビーイングに取り組む企業
ウェルビーイングに取り組んでいる企業においては、企業理念や社内状況を踏まえた独自の施策が行われています。
Euglena
ユーグレナ社では、「多様性をちからに」という行動指針「ユーグリズム」のもと、ウェルビーイングの実現に向けた取り組みにも注力しています。
ユーグレナ社で行われている取り組みの一つが、株式会社リンクアンドモチベーションが提供するモチベーションクラウドの導入と活用です。モチベーションクラウドでは、定期的にサーベイを実施し、従業員の会社への期待度と満足度を可視化、公開しています。それによって、組織の課題点の発見・改善に取り組んでいます。
また2018年のオフィス移転の際には、新オフィスに企業内保育園『ゆーぐりん保育園』を併設。働く従業員がライフステージの変化にあわせた柔軟な働き方ができるよう、会社全体でバックアップを行っています。
さらにユーグレナ社では、未来を生きる当事者に、未来へ向けた議論に参加してもらうべきであるという考えのもと、CFO(最高未来責任者)の登用を実施。18歳以下という条件から選ばれたCFOとともに、会社や社会の未来のために活動を行っています。
サイボウズ
「チームワークあふれる社会を創る」を企業理念とするサイボウズは、社内における多様な働き方の実現にも取り組んでいる企業です。
サイボウズでは「100人100通りの働き方があってよい」という考え方のもと、事情にあわせて勤務時間や場所を決定することができる「働き方宣言制度」や、他の部署の業務を体験することができる「大人の体験入部」など、社内制度の拡充を行っています。
また一人ひとりの多様性や価値観を重視し、社員も議論に加わっての人事評価制度の策定を行っているほか、社内コミュニケーションの活性化を図るための各種社内イベントの実施も活発です。
サイボウズではこれらの取り組みにより、過去28%となったこともある離職率が3%前後まで低下し、組織の拡大が進んでいます。
丸井グループ
丸井グループはウェルビーイングが企業において注目されるようになる以前から、社員の健康や幸せの実現に向けた取り組みを行ってきた企業の一つです。
丸井グループでは、ストレスチェックによる組織分析のみではなく、組織の活性度を測るための独自調査である「組織健康度調査」も実施。働き方改革による労働時間の管理や勤務体系の多様化、禁煙やヘルスケアのためのプログラムの実施など、グループ全体でウェルビーイング実現のための取り組みを活発に行っています。
また2016年には「ウェルビーイング推進プロジェクト」が発足。公募によって選ばれた50名強の社員が参加するこのプロジェクトでは、社内セミナーの実施や、社内サイトでの情報発信を行うことで、社内風土の醸成に取り組んでいます。またフェムテックイベントの実施や、動画配信など、社外に向けた取り組みも活発に行われています。
まとめ
世界的にウェルビーイングの実現に向けた取り組みが活発に行われている中で、日本でのウェルビーイングの浸透にはまだまだ課題が残る状態です。多様化していく社会の中で、ウェルビーイングの実現に向けた取り組みを行うことは、個人の幸福度の向上だけではなく、これからの企業の発展にも大きな影響を与えます。
働く一人ひとりの多様性を認め、すべての人がいきいきと働くことができる環境づくりが、今後の日本企業にも求められているのです。