2022年2月、株式会社ユーグレナの新コスメブランド『CONC(コンク)』から世界初(※1)のタマゴ由来の細胞培養エキスを配合した美容液「CONC セラメント エッセンス」を発売しました。このタマゴ由来の細胞培養エキス「CELLAMENT®(セラメント)」 (※2)を独自開発したのは、「CulNet®(カルネット)システム」 (※2) による細胞培養技術を確立したインテグリカルチャー株式会社。
今回はCEOの羽生氏とCTOの川島氏に、創業の経緯や細胞農業の可能性、「CELLAMENT®(セラメント)」の開発秘話などについてお話を伺いました。

※1 世界初…INCI(International Nomenclature of Cosmetic Ingredients 化粧品原料国際命名法)に新規登録された「鶏卵胚体外膜細胞順化培養液」を配合した化粧品として
※2 セラメント、カルネットシステム…インテグリカルチャーの登録商標

「宇宙で食料を作りたい」から生まれた事業

インテグリカルチャー株式会社の事業について教えてください。

羽生:私たちの事業は大きく分けて2つあります。まず一つ目は、自社でCellular Agriculture(通称 セルアグ)、つまり細胞農業(※3)製品を作って販売する事業です。もう一つは、そのセルアグを実装するために必要な装置である、「CulNet® sytem (カルネットシステム)」を世界中の方々に販売するという受託研究開発事業です。
自社で開発製造しているセルアグ製品としては、コスメ原料となる培養上清液、フォアグラやステーキ肉といった食材です。当社が開発したカルネットシステムは動物体内に似た環境を構築することで、自ら成長因子をつくりだします。それによって一般的な培養法ではなし得なかった低コストでの培養が可能になります。
将来的には食品工場のように、細胞培養によって食材や動物由来原料を生産する仕組みづくりを目指しています。

※3 細胞農業…本来は動物や植物から収穫される産物を、特定の細胞を培養することで人工的に生産する方法のこと

細胞農業プラットフォームの予想図

起業した当初から、その2つの事業を行うつもりだったのでしょうか?

羽生:今のインテグリカルチャーの事業は、私自身の目指すものと、川島の目指すものとが融合した結果です。
私はもともと宇宙を志向していて、宇宙で細胞培養による農業を構想していたのに対し、川島はカルネットシステムをバイオ版の生産機器にしたいと考えていました。これらの構想から、結果的に食肉を生産する一次生産者の方々や他業種の方もこの生産機器を使い培養肉を作ることができる社会の実現、そして宇宙空間でも細胞培養ができる技術の開発を目指しています。

川島:現代ではパーソナルコンピューターがハードウェアとなって、いろんな人がいろんなアイディアを出して、いろんなアプリケーションやプロダクトを作り出すことが当たり前となっていますよね。バイオでもそれができると思っているんです。
例えば、カルネットシステムのハードウェアやOSを一般の方々に買っていただいて、いろんなアイディアによってセルアグの産業そのものを創出する、いわゆるパラダイムシフトを起こせたらなと考えています。

細胞農業はエネルギー転換の可能性を秘めている

細胞農業には無限の可能性があるように見受けられますが、細胞農業の特長として、もっともサステナブルな点はどの様なところでしょうか?

川島:細胞培養の技術を用いることで、理論上はエネルギーの転換が可能になります。それにより、現在人類が抱えているエネルギー問題の解決を目指すことができます。
どういうことかというと、現在何かを動かすためのエネルギーは、例えば電気がありますが、それに対し人間を動かすエネルギーは電気ではなく「グルコース」です。これを利用して、基本の軸となるエネルギーを、電気からグルコースに変えるのです。地球上にある植物はすべてグルコースを生産することができるため、細胞培養によってグルコースを量産し、エネルギー源として利用する。つまり生態系のなかに、エネルギーの循環を組み込むことができるんです。

現在の日本においては、電気を生産するのに大量のCO2が排出され、環境破壊につながっています。しかし、細胞培養で地球上に存在する生物をうまく活用することによって、人間の生活レベルを変えずに、もしくはもっと需要をかなえながらも、サステナブルなエネルギー源を選択できるようになると考えています。

従来の生産方法と細胞農業の違い

エネルギーの転換をも可能にする細胞農業ですが、それを生み出すカルネットシステムは、他社のものとは具体的にどのような点で優れているのでしょうか?

羽生:細胞培養の技術は様々な産業利用の可能性を持つ一方で、とにかくコストがかかるんです。しかし、カルネットシステムは簡単に言うと、血管が身体中をめぐってずっと回り続けているしくみと体内で起こる作用を、機械に置き換えたものです。このシステムによって、これまで高コストだった細胞培養を、安価で大量にできるようにした点が、当社の技術優位性で特許もとっています。
現在はこのシステムで、臓器の組み合わせをいろいろ工夫し、アンチエイジングに効くようなファクターを見つけたり、肉を育てたり、そういうものがどれだけできるか研究開発しているところです。

特許を取得したらレシピを公開しなければいけないですが、公開することに抵抗はなかったのでしょうか?

羽生:みんなが使えるようになれば、技術の社会実装が早くなります。むしろレシピをオープンにすることでカルネットシステムが社会に広く活用され、どういう仕組みでどういうものができるのか、理解も早まると考えています。培養肉に対する情報をできる限り公開して、生活するためになくてはならない産業にしていくことが目標です。

細胞農業の開発過程でコスメに最適なファクターを発見

ユーグレナ社と共同でコスメを発売しましたが、細胞農業がコスメ研究につながった経緯を教えてください。

川島:細胞培養によって生まれる製品として、もともとコスメも培養肉も、別のものとして考えていたわけではないんです。細胞農業製品をどんどん実装したくて、色々可能性を探っていたところ、一番消費者に届きやすいのが上清液だったのです。研究を進めていく中で、タマゴの胎盤様組織にある3種類の細胞(3mix細胞(※4))の有用性を発見し、これをコスメに入れたらすごく効果的なのではないか?と思ったんです。「巻き戻し美容」として使えるのではないか、と。

※4 3mix細胞…鶏卵の胚膜(胎盤に相当する部分)にある3つの細胞「羊膜(ようまく)・卵黄嚢(らんおうのう) ・漿尿膜(しょうにょうまく、漿膜と尿膜をまとめたもの) 」を指す

3mix細胞の説明

なぜタマゴに目を付けたのでしょうか?

川島:タマゴに着目した理由はシンプルで、身体を構成するエネルギーが全部収まっているすごいものだからです。人の胎盤は細胞を活性化させる力が強いのですが、タマゴには胎盤はないですよね。それで、膜の細胞にそういう機能があるのではと思って調べたら、これが当たったんですよね。

セラメントの開発で一番こだわった点はどんなところでしょうか?

川島:コスメの領域を勉強するなかで、意外と生物学者の手法を取り入れられていないと気づいたので、一般的なコスメメーカーより研究を深掘りして作っていると思います。例えば遺伝子発現がどう変化するかというアプローチなどは、ユーグレナ社の方から「化粧品の国際学会でも出ないクオリティで感動した!」と言っていただきました。
また、ユーグレナ社独自のユーグレナエキス2種(加水分解ユーグレナエキス、ユーグレナエキスEX)がセラメントの働きをサポートし、多様な肌悩みにアプローチしてくれることもわかりました。

concブランドイメージ画像

次に培養してみたいもの、つくってみたいものはどんなものですか

羽生:コスメでいえば、もっとカルネットシステムを利用した、ウェルネスやアンチエイジングを可能にするものがつくりたいです。それから免疫にも関心が高いです。完全な免疫機能の獲得は現在では無理ですが、一部は可能なので、これからその分野に取り組みたいです。

インテグリカルチャーが目指すのはサステナブルな世界です。カルネットシステムを社会に普及させ、広く貢献するために、これからも研究を進めていきます。

細胞を培養して食料や素材を生み出し、宇宙でもそれを実現するという、壮大なスケールの構想を持つインテグリカルチャー。
細胞農業の最先端を走る若い研究者・起業家の彼らが、食糧問題、エネルギー問題を解決する日も遠くないでしょう。今後さらに重要な分野となる細胞農業に、注目です。

インテグリカルチャー羽生と川島
インテグリカルチャー株式会社 代表取締役 CEO 羽生 雄毅 (写真左)
2010年、University of Oxford Ph.D (化学)取得。
東北大学 PD研究員、東芝研究開発センター システム技術ラボラトリーを経て、
2015年10月にインテグリカルチャーを共同創業。

インテグリカルチャー株式会社 取締役CTO 川島 一公(写真右)
2012年、広島大学にてPh.D (農学)を取得。
Baylor College of Medicineフェロー、JSPS (DC1, PD)フェローを経て、
インテグリカルチャーを共同創業。
2018年4月から取締役兼CTOに就任。
日本生殖内分泌学会 学術奨励賞、日本受精着床学会 世界体外受精会議記念賞、
日本繁殖生物学会 学会発表賞 口頭発表部門を受賞。

文/福光春菜