遺伝子情報をもとに、自分の体質や健康リスク傾向などを知ることができる遺伝子解析サービス。アメリカでは数千万人を超える個人に利用されており、大きな市場となっています。

遺伝子解析サービスではどんなことが分かるのでしょうか。どのようにして自身の健康や、人と人の関わりに生かしていけるのでしょうか。実際にユーグレナ・マイヘルスの遺伝子解析サービスを利用した株式会社一休 執行役員CHRO(最高人事責任者)管理本部長の植村弘子氏と、遺伝子解析サービスを手がけるジーンクエスト代表 兼 ユーグレナ執行役員 高橋祥子の対談を通して、その可能性を探ります。

健康リスクへの高い関心から遺伝子解析サービスを利用

高橋:植村さんは、なぜ遺伝子解析サービスを受けてみようと思ったのでしょうか。
 
植村:遺伝子解析サービスのことは以前から知っていて興味があったんです。新型コロナウイルス感染症の流行以降、改めて自分の体や健康について考える時間も増えて、いよいよやってみようと。
 
高橋:興味というのは、単純に遺伝子を調べることへの興味でしょうか。それとも健康リスクへの?
 
植村:どちらもです。私は周囲からよく「いつも元気ですね」と言われるタイプなんですが、実は20代後半~30代前半で、入院・手術を経験しているんですよ。「自分は意外と気力だけでやってきたのかもしれないなぁ」と思うようになって、それ以降は毎年1泊2日の人間ドックで検査するなど、健康リスクへ高い関心を持つようになりました。
 
高橋:健康は目に見えにくいものなので、自分ではなかなか日々の変化に気づけませんよね。実際に遺伝子解析サービスを受けていただいて、感想はいかがでしたか?
 
植村:健康に関することだけでなく、性格などについても、想定していたより細かく分析されるので「面白いな」と感じました。ただ、実は遺伝子解析を受ける前は、ちょっと怖いという感情もあったんです。過去の病気のこともあるので、「もしかしたら知りたくないリスクも見えちゃうかもしれない」と。今も怖さはあるのに、もっとリアルな恐怖になってしまうかもしれないと思っていました。実際は思っていたよりもリスク要因が少なくて安心しましたね。

「自覚症状に気づきにくい疾患」のリスクが分かる

高橋:病気の発症や体質は遺伝要因だけでなく、食生活や生活環境など環境要因にも大きく影響を受けるので、自分の遺伝子情報を理解したうえで生活習慣を見直すことが予防に繋がります。植村さんとしては、どんな項目が気になりましたか?
 
植村:「目」に関する部分です。もともと私は、直射日光を受けると目が痛くなる感覚がありました。まぶしいだけの感覚とは少し違うんです。とはいえ人間ドックで何か指摘されるわけでもなく、むしろ視力はいいほうなので、原因が分かりませんでした。今回の解析結果によって緑内障など目の疾患のリスクがあることが分かり、気になっていたことが明らかになってすっきりしましたね。
 
高橋:目は自覚症状に気づきにくいんですよね。一方で目の疾患は早期発見することがとても大切だと言われています。
 
植村:この結果を見て意識が高まり、サングラスや帽子などを使った日常的な対策も行うようになりました。次に違和感を持ったら、早々に受診したいと思っています。 
 
高橋:他にリスクが高い項目の一覧を見ていくと、植村さんの場合は比較的リスクが高い項目が少ないですね。ただ、生活習慣病の項目は高めに出ています。
 
植村:実は私の父親は腎臓が悪くて高血圧なんです。なので、ちょっと思い当たるフシがありました。生活習慣は気をつけなければいけませんね。
 
高橋:高血圧や高血糖は、生活習慣でかなり予防できる部分です。意識するかしないかでかなり変わります。腎臓結石はシュウ酸が原因だと言われており、この物質はコーヒーや緑茶、ほうれん草などによく含まれていて、このシュウ酸が蓄積して石になるのが腎臓結石です。コーヒーの場合はカルシウムと一緒に取るためにミルクを入れる、お茶の場合はリスクが低い麦茶や烏龍茶、ほうじ茶を選ぶ、などの対策があります。
 
植村:そうなんですね。私、コーヒーは飲まないんですが、緑茶が大好きなんですよ。
 
高橋:腎臓結石は発症するととても痛いので、気をつけていただいたほうがいいかもしれません。実は私も腎臓結石を発症したことがあるんです。その後に自分の遺伝子を調べたら、やはり腎臓結石のリスクが高く、母親も昔かかっていて、家族全員調べたら「みんなリスクが高い」という結果が出ました。 
 
植村:こうやって解説していただくと、納得感が高まりますね。

「酒は飲めば飲むほど強くなる」は嘘

高橋:健康リスク以外の項目についてはいかがでしたか?
 
植村:アルコール、いわゆる「お酒に強いか弱いか」の傾向が分かる点が面白かったです。私は営業出身ということもあって、若い頃から鍛えられてきました。酒の席のお付き合いが多く、得意先に合わせてたくさん飲むこともしばしば。でも、全然お酒に強くならなかったんですよね(笑)。
 
高橋:ちなみに植村さんの結果は確かに、あまりお酒に強くないタイプですね。
 
植村:お酒は、気合いではどうにもならないんですね。
 
高橋:気合いではどうにもなりません(笑)。飲酒習慣による多少の影響はあるかもしれませんが、「酒は飲めば飲むほど強くなる」というのは基本的に嘘です。アルコールは摂取後、アセトアルデヒドという有害物質に変わります。お酒に強くない人は、このアセトアルデヒドの代謝が悪く、体の中に長時間残るんですよ。これは二日酔いはもちろん、長期的には食道がんの原因にもなります。お酒に弱い人が無理をしてたくさん飲むのはとても体に悪いこと。アルコール体質は20歳になったらみんな知っておいたほうがいいんじゃないかと思っています。
 
植村:結果とエビデンスがあれば、「私はお酒を飲まないほうがいいんです」と堂々と人にも言えますよね。会社のマネジメントとしても、ちゃんと考えたほうがいいかもしれない。

高橋:ちなみにユーグレナグループでは、希望する仲間に無償で検査提供しました。飲み会のときには「私は飲まないほうがいいんですよ」という会話が実際に出ていますね。

遺伝子で性格を見れば、自分の弱みにも納得できる

植村:加えて興味深かったのは性格に関する部分ですね。
 
高橋:遺伝子と性格の関係は、ここ数年で特に研究が進んでいます。私たちの遺伝子解析では性格傾向のビッグ5と呼ばれている「情緒安定性」「外向性」「協調性」「開拓性」「勤勉性」についての項目があります。
 
植村:この結果が面白かったので、私と一緒に働いている人事メンバーにも共有したんですよ。個々人の結果はプライバシーの範囲にはなりますが、こうして個人のデータを知ることができると、人事としてアプローチできることが増えるかもしれないと感じました。これまでは感覚で決めつけていたことを、データをもとに客観的に考えられるかもしれないと。
 
高橋:そうですね。遺伝子は全員違っていて、人類も多様性を持たせながら種としての生存確率を高めているわけですから、それぞれの得意を生かせばいいと思います。ちなみに私は開拓性がとても高いのですが、外向性と協調性は低いんです。開拓性が高いので起業したのかもしれません。一方で、協調性については「遺伝子的に要素がないんだからしょうがないか」と思うようにしています。
 
植村:解析結果を知って気持ちが楽になる部分があるのかもしれませんね。私は小さい頃から、日本史や世界史の暗記が苦手で、何らかの要素があるんじゃないかとずっと思っていました。今回の遺伝子解析で、関連する項目が低く出ていたので、ようやく自分に納得できたんですよ。
 
高橋:植村さんの傾向としては「睡眠不足になると判断能力が低下しやすい」という面も出ていますね。
 
植村:思い当たります。これも何となく、自分の中で苦手意識につながっていました。
 
高橋:睡眠でいうと昔から「早起きは三文の得」と言われますが、「全員が早起きした方がいい」は遺伝子的には嘘です。実は人によって、向いている睡眠時間や時間帯はバラバラで、「夜型が合っている」という人もいるんですね。そもそも人間は集団生活で生き延びてきた動物であり、全員が同じ時間に寝るというのは本来リスクなはず。夜型の人、朝型の人などさまざまなタイプがあるはずで、「みんな早く寝なさい」はおかしいんです。
 
植村:そうした意味では、夜型の人は無理に朝早く起きなくてもいいと。
 
高橋:もちろん仕事にもよりますが、その人に適した睡眠のあり方を考えたほうがいいと思います。私はどちらかというと夜型で、かつ睡眠時間はしっかり確保しないといけないタイプ。一方で私の夫は「朝型」で、何時に寝ても朝はパッと起きられる人なんですね。そのため、毎朝の子どもの世話は、遺伝子的な観点で夫の役割になりました。

「みんな違う」というのは、とても素晴らしいこと

高橋:植村さんは最高人事責任者として、「人」をどんなふうに見ていますか? たとえば社会的な生き物として人を見る人もいれば、私のように自然科学的な目線で、生物として人を捉える考え方もあると思うんです。
 
植村:深い問いですね。私はおそらく、生物学的な捉え方をしながらも社会的要素を見ているのだと思います。人の表面的なイメージの前に、その個体に興味があるというか。人事の場合は「活躍する人」とか「優秀な人」といった代名詞を使いがちですが、私はそれよりも個に興味があるんです。どんな環境で、どんな教育を受けてここにたどり着いたのか。その上で、その人がどんなふうに他の人との関係性を作っているのか。そんなことを考えて人を見ていますね。もちろん仕事上では業務面における評価をしなければならないときもありますが、できればその人自身を深く知りたいと思って、1on1などの場でもじっくり話を聞くようにしています。何か悩みがあるときに、もし私が解決できるヒントを持っていれば手伝いたいし、解決が難しければ、その人は違う環境のほうが輝けるのかもしれない。そうした意味では、みんなをただ一休という会社に留めることだけがいいとも思っていません。
 
高橋:一人ひとりと深く向き合うことが大切なのだと。遺伝子が人によってまったく違うことに通じていますね。
 
植村:「みんな違う」というのは、とても素晴らしいことだと感じます。まったく一緒ではないものが、一緒に生きているからこそ面白いのではないかと。会社はそうした集まりの典型例なので、個々の違いをもっとオープンに語りあえたらいいなと感じます。とはいえ自分のことをうまく説明するのは難しいので、遺伝子を調べて「私はこんな人間で、夜型で、お酒には弱くて」と伝えられたほうが、よほど分かりやすいのかもしれません。
 
高橋:確かに、解析結果を他の人と一緒に見るのも面白いんですよ。解析結果は個人情報なので安易には覗けませんが、個人同士で同意し、互いの特徴を知ることができれば、全員、「まったく違う人」だということが分かります。そうした気づきを通じて、「みんな同じでなくてもいい」という、多様な個体であることを前提とした社会になっていけばいいな、と思っています。

遺伝子情報から健康リスクや体質を把握したうえで予防策を講じることが、未来の自分を健康にすることに繋がります。また、遺伝子は全員違っていて、多様性があるからこそ価値があります。より良い生活を送るために、皆さんも遺伝子情報を調べてみてはいかがでしょうか 。

Sentence / Shinsuke Tada

植村弘子(うえむら ひろこ)
株式会社一休 執行役員CHRO管理本部長 

2001年新卒でエスビー食品株式会社に入社。
コンビニエンスストアチェーン本部セールス 兼 PBブランド商品企画を担当。
2006年10月より26番目の社員で株式会社一休にジョイン。
2006年にローンチした『一休.comレストラン』のセールス、
『一休.com』のセールス等を経て、
カスタマーサービス部門でコールセンターの立ち上げ、改革を実施。
2016年4月より執行役員CHROに就任、
2016年7月から現職の執行役員CHRO管理本部長
高橋祥子(たかはし しょうこ)
株式会社ジーンクエスト 代表
株式会社ユーグレナ 執行役員 バイオインフォマティクス事業担当 

1988年生まれ。京都大学農学部卒業。
2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に
株式会社ジーンクエストを起業。
2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。
個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。
2018年4月 株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマティクス事業担当 就任