昔からずっと人類が望むテーマのひとつ、「不老不死」。
現在では、グーグルやアマゾンといった大企業も「不老長寿」の可能性に注目し、積極的に投資を実施しています。
人生100年時代を迎えようとしている中、今後のサイエンスの発展は、不老不死を可能にするのでしょうか。
株式会社ジーンクエスト社長/株式会社ユーグレナ執行役員として遺伝子解析サービスをけん引する生命科学者の高橋祥子が 「不老不死の実現」に関して解説します。
不老は実現している?
―ずばり『不老不死』は実現できるんでしょうか?「不老不死」が実現したらと思うと何だかワクワクします。
高橋:「不老不死」について話をする前に、まず「不老」と「不死」を分ける必要があります。不老は『老いにくい』という程度問題の話であるのに対し、不死は『死ぬか死なないか』『0か1か』の話ですよね。
つまり、不老になることと不死になることは、別の話なので分けて考える必要があります。
―確かに、「不老不死」と聞くとついついセットで考えがちですが、冷静に考えると別物ですね…。では、まず、不老は実現できると思いますか?
高橋:単刀直入に言うと、不老はある程度すでに実現していて、これからも実現し続けていくと思います。
―すでに実現、、していますか?
高橋:はい。そもそも「老い」とは「若い」との相対で言われることです。そして『瞬間に突然老ける』という昔話のようなことは原則ありません。
私たちは人類について考えるときに、現在の一点で見がちですが長期的スパンで過去と比較して見てみると、今日の人類ほど「不老」である時期はこれまでなかったと言えます。例えば、昔の40歳の方と、今の40歳の方の見た目の若さは違いますよね。
実際に、例えば皮膚の状態を長期間観測した研究によると、栄養・健康状態の改善や紫外線に対する知識の向上などによって、昔に比べて日本人平均の皮膚状態が良くなっているというデータもあります。
また「人生100年時代」と言われているように、昔に比べて人の寿命も大きく伸びていることから明らかです。そのなかでわたしたち人類は、サイエンスの発展などによって、少しずつ不老を手にしてきたのです。
そして、それは今後も不老は少しずつ達成されていくことになります。
「不死」の定義とは?
―私たちは「不老」を実現してたんですね…「不死」も実現できますか?
高橋: 「不死」についても、同じく前提から見てみましょう。「不死」を実現できるかどうかは、その定義によって答えが変わってくるからです。
私の考えでは、「不死」とは、連続性と再現性がある状態で生き続けることだと考えています。
例えば、SF漫画「銀河鉄道999」に出てくる「機械人」は、魂を機械に移植し、意識だけをそのまま残してロボットとなります。肉体的には死んでいるが、意識だけはロボットの中で生きている状態です。この状態は不死と呼ぶことはできるのでしょうか?
私個人としては、この状態は「死」であると捉えています。理由としては、『連続性』と『再現性』が欠けていると考えるからです。
―それはどういうことでしょうか?
高橋:もしロボットに意識を移行できても、体が存在した時と同じ思考をすることができるでしょうか。私は、体の感覚が意識に与えている影響はとても大きいと捉えていて、同じ思考をすることは難しいと思っています。
夏目漱石の思考パターンをロボットに移行したとしても、身体が存在しない状況では夜の静けさの中に感じる微かな音や温度や夜風を同じようには感じられないわけで、そうすると生前と同じように愛おしさの気持ちを「月が綺麗ですね」という言葉に表すでしょうか。
つまり、ロボットに意識を移行させたとしても、体の状態が大きく変化したことによって思考の『連続性』と『再現性』が断絶されているために、その夏目漱石ロボットは「不死」の存在であると言い難いということです。
―たしかに、体がなくなることで同じ思考ができなくなって以前と同じことができなくなったとしたら、生き残っているとは言えない気がします...
となると、SF映画でみるような不死身な存在にあこがれていたのですが、ハードルが高そうですね。。
高橋: はい。では次に、連続性と再現性を担保した「不死」の可能性を考えてみましょう。皆さんがよく思い浮かべるSF映画でみるような「不死身な存在」というのは、どんなに酷い怪我を負っても決して死ぬことがなく、すぐ治ってしまうような「死ぬことが選択できない不死」のイメージですよね。このような「死ぬことが選択できない不死」というところの定義では実現は難しいと思います。
「不死」は2種類?
―うん?「死ぬことが選択できない不死」の実現は難しい、ということは「死を選択できる不死」もあるということですか?
高橋:そうですね、多くの人が抱く「不死」のイメージには2種類があると思います。1つは「死ぬことが選択できない不死」、もう1つは「死ぬことが選択できる不死」です。そして、「死ぬことが選択できる不死」であれば、例えばiPS細胞などの科学技術を活用することで、今後実現可能性はあると思っています。
例えば、老化したり不具合が起こった臓器にiPS細胞から作製した臓器を移植し、良好な状態に復元させることを繰り返す。その繰り返しで寿命を延ばし続けることができるかもしれません。これは、事実上の「不死」です。
そしてこの「不死」では、自分の意思によって寿命を延ばすかどうかを決める必要が生じ、また死を選択することもできるため、いわば生死を自分が「設計する」ということになります。
―「死」が選択できるようになる?ならば死なないほうを選択しそうですが。。
高橋:人類の発展を考えたとき、生命が持つ死の仕組みそのものにもメリットがあるんです。それに関しては、次回にお話ししますね。
【不老不死の要点まとめ(前編)】
・「不老」と「不死」は分けて考える必要がある。
・「不老」は相対的に考えてある程度実現していて、これからも実現し続ける。
・「死ぬことが選択できる不死」は今後実現可能性がある。
株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当
/株式会社ジーンクエスト 代表取締役
高橋 祥子(たかはし しょうこ)
京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当 就任。
受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞、第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出など。
著書に「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?-生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来-」。
遺伝子解析プラットフォーム「ユーグレナ・マイヘルス」